先輩医師インタビュー
鈴木 邦彦 (医師×病院経営者)

経営から地域づくりさらに制度づくりへ重層的に関わっていく
-(前編)

臨床現場や「医師」という仕事の枠組を超えて、様々な分野で活躍する先輩医師から医学生へのメッセージを、インタビュー形式で紹介します。

鈴木 邦彦
1984年秋田大学医学部卒業。仙台市立病院、東北大学第三内科、国立水戸病院を経て、1996年志村大宮病院院長、1998年医療法人博仁会理事長に就任。2009年から中央社会保険医療協議会委員、2010年から日本医師会常任理事を務める。


高齢化の進む地域のニーズに応える

茨城の県都である水戸市から、2両編成の列車に乗って35分、久慈川沿いの山あいに位置する常陸大宮市に鈴木氏の経営する志村大宮病院は位置する。山間部の5町村が合併してできた市の主な産業は農業で、古くからこの地に住む人がほとんどだ。住民は高齢者が多く、現在は人口の約30%が65歳以上。これから我が国が迎える超高齢社会が、一足先にやってきている。

そんな地域のため、ほとんどの住民は持ち家に住んでいる。施設は重介護の方でいっぱいで、年金生活者も多く、入居型施設に入れるとも限らない。「高齢者ができるだけ自宅で過ごせるような体制を作る必要がある」と話す鈴木氏は、地域のニーズに応えるべく、経営する病院を中核として、リハビリテーションやデイサービスを提供するサテライトを市内各地に作り、24時間体制の訪問看護・介護サービスの提供体制を整えてきた。

「サテライト施設があれば、合併した広い市域もカバーできます。配食サービスや訪問看護・介護サービスを充実させれば、一人暮らしの高齢者や、いわゆる『老々介護』の人たちが家で過ごせる期間を長くできます。しかし、高齢化が進んだ地域では、在宅にこだわり過ぎても無理が出る。だから、具合が悪くなったら入院したり、最後のステージが近づいたら入居型施設に移ることも考えなければなりません。できるだけ家で長く過ごせるように、そしてそれが厳しくなってきたら施設に入れるようにサポートする――。人生の終盤をこの地域で安心して暮らせる体制を築こうと尽力してきました。」


先輩医師インタビュー
鈴木 邦彦 (医師×病院経営者)

経営から地域づくりさらに制度づくりへ重層的に関わっていく
-(後編)

病院経営だけでなく、地域づくりの視点を

地域を担う病院を経営するとなると、病院や関連施設の経営という視点だけでなく、地域づくりの視点も必要になってくる。

「うちの病院も、60年以上この地域に根差してやってきました。病院は工場などと違って、環境が変わったから別の地域に移るというわけにはいかないものです。だから、地域の状況が変わったら、合わせて自分たちも変わらなきゃいけない。そして、少しでも地域の状況を良くできるよう働きかけるのもまた、大事な役割なのです。」

この鈴木氏の言葉からは、必ずしも自分の経営する病院・施設がうまく行けばいいというだけでなく、地域を良くし、その中に病院や介護サービスを位置づけていくべきだ、という考えが感じられる。

「これからの超高齢社会では医療・介護施設こそが地域の核となっていくのではないかと考えています。というのも、高齢化が進み若者が減ると町の活力も落ちていきますが、それでも施設の周りはよく人々が行き交う場となっています。私たちが積極的に医療・介護施設を中心とした町づくりを進めれば、地域はより活性化するのではないか…そう考えて、商店街における介護用品ショップや託児所の開設など、様々な事業を進めてきました。」

そういった取り組みのひとつとして、2012年2月、病院の近くにコミュニティ・カフェをオープンした。このカフェは、憩いの場としてだけでなく、保健・介護予防の場として機能している点が特徴だ。カフェ内のポスターや掲示板で呼びかけることもでき、何よりも『ここに来れば人と交流できる』という気持ちが人々の生きがいになり、健康な生活を送ろうというモチベーションにつながっているのだそうだ。

地域づくりからさらに俯瞰的な視点へ

鈴木氏は2009年に厚生労働省の中央社会保険医療協議会の委員に選出され、さらにその翌年には日本医師会の常任理事に就任することになった。地域づくりよりもさらに俯瞰的な視点から医療を考える立場になって、現在の日本の医療制度の良い点・悪い点について改めて考えさせられたという。

「私はそれまで、地域のニーズや患者の要望に応えることに専念していました。しかし私が地域医療に力を注ぐことができたのは、しっかりとした制度があること、そしてそれを考える人がいたお陰だったということに気づかされました。」

こうして鈴木氏は現在、地域での病院経営に加え、健康保険や診療報酬などの制度づくりにも携わっている。中医協委員・医師会役員として、これからの地域医療の充実に貢献していきたい、自分と同じようなミッションを持った地方の医療機関経営者が不安を感じずに医療を提供できる制度をつくっていきたいという使命感が、鈴木氏のエネルギーの源になっている。制度の改善に活かすため、有識者と共に海外に視察に出向いたり、最新の文献を調べたりといった取り組みも、自らの発案のもとで行っているそうだ。特に海外視察は、鈴木氏の5年来のライフワークになっている。

医師・経営者として情報を発信していく

地域医療を担う病院経営者として、また日本の医療制度を支える立場として、鈴木氏にこれからの展望を聞いてみた。

「心がけているのは、問題意識を持ったことに関してはしっかりと考えを伝えていくということです。この立場になったからこそ得られる発言の機会も多いので、利用できる機会は有効に利用して、積極的に情報発信していきたいと思います。

医師は、みなさんが思っているよりも幅広い活躍ができる仕事です。目の前の患者さんを治療するのはもちろんですが、さらに少し引いたところから見てみると、世の中の制度や仕組みを築くところにも関わることができるということがわかってきます。そういった視点を身につけるためにも、学生のみなさんには様々な経験をして、物事を俯瞰的に見る習慣をつけてほしいと思います。」