勤務医のページ
岩手県立病院の体制
昨今、熊の出没報道がかまびすしいが、当院は2003年、中央廊下を熊が駆け抜けるという衝撃的な事件で全国ニュースとなった「伝説の」病院である。
岩手県は北海道を除けば最大で、その面積は四国4県に匹敵する。その広大な県土に、盛岡市の岩手県立中央病院をセンター病院として、九つの二次医療圏に基幹病院、その他に地域病院、精神科単科病院、無床診療所など、計26の県立医療施設が配置され、全国でも類を見ない体制を誇る。
創業精神「県下にあまねく良質な医療の均てんを」を継承し、民間が介入しにくい地域にも積極的に医療提供すべく、現在の体制となった。
疾患別医療圏の設定
しかし、高度急性期病院から無床診療所までを統括・経営する医療局は、さまざまな要因で、その運営は複雑を極めている。県土が広いため、移動距離が長く、高度医療と利便性確保の両立は大きな問題である。
九つの二次医療圏を同じレベルで維持することが困難となる中、次期経営計画では、新たに疾患別に医療圏を設定するという取り組みが始まった。県立病院間のネットワークを駆使し、各々の病院の強みを生かし、疾病ごとに区域分けし、集患を進めるというものである。今後、県の医療の方向性を占う上で注目される。
医師偏在と年齢偏在
岩手県は医師偏在指標が182・5(令和5年時点)と毎年全国最下位。最多の東京都(353・9)のおよそ半分である。各病院とも高度化・細分化する医療を維持するために、主として岩手医科大学や東北大学からの医師派遣支援で成り立っており、当院も全ての診療科で大学に応援を頼んでいる。基幹病院でこの状態なので、地域病院の医師不足は更に深刻である。
医師の絶対数不足に加え、近年、年齢分布の偏在も顕在化している。専門医・指導医の資格要件が厳格化される中、人口減少が進む圏域では、症例数確保が困難となり、30~40歳代の脂の乗った医師が大都市や大学病院に流出し、若手とベテランの間に大きな谷ができている。やはり病院はヒエラルキー型人数分布が理想だが、中堅医師が残りたくなる病院運営も喫緊の課題である。
相互支援とマルチタスク
今年度、圏域内の地域病院内科医の減少に対し、緊急的に当院から内科医師の派遣を行った。
当院も医師数は潤沢ではないが、周辺病院の診療制限は、結局当院にしわ寄せがくる。真に高度医療が必要な患者と慢性期患者を、地域病院である程度トリアージしてもらうことが必要で、こうした機能分担こそ地域病院が生き残る道である。
当院に限らず、県立病院間の医師派遣は頻繁に行われている。そのため、多くの医師がおのずとマルチタスクを要求される。
このマルチタスクは地域医療の大きな問題点の一つである。地方では高齢者も多く、その多くがマルチモビディティである。多科にわたる総合的な診療能力が要求される。また、患者背景も多様で、医療者の社会性・精神性も重要となる。専門に特化した医師だけでは地域医療を守ることは難しい。
以前、当院で行った研修医アンケートでは、ほぼ全ての研修医が高度専門医資格を取得したいと答えていた。親心としては専門診療に邁進(まいしん)させてあげたいところだが、なかなか難しい現実がある。若いうちに地域医療を経験し、総合診療的精神が涵養(かんよう)されることは良いことだと思うのだが。
働き方改革と救急
こうした中で、「医師の働き方改革」への対応は容易ではない。それでも当院は時間外労働の「見える化」を推進し、誰が、いつ、何の仕事で時間外労働を行っているかを徹底解析することによって、2年前と比較し、医師一人当たりの月平均時間外労働を5~10時間減らした。
現場はというと、正直、そう大きな影響は出ていない。影響を小さくした要因の一つは、「宿日直許可」である。
ちまたでは、「結局何も変わらない」とか「骨抜きにされた」などの批判も飛び交うが、地域の救急医療を守るためには、やむを得ない措置ではないだろうか。
批判はともかく、働き方改革は医療者の意識を変えたことに大きな意義があると思っている。
救急現場での取り組みをもう一つ。救急呼出に対し、指導医には「ウチ(当科)じゃない」を禁句とした。救急現場では時に振り分けに苦慮する患者が来る。この言葉で困るのは最前線に立つ研修医・専攻医である。指導医であるなら、「ウチじゃないけど、〇〇科にコンサルトしたら」と必ず次善策を提示してあげるべきである。
こうした医師間の思いやり、縦割りにならない組織づくりこそ、真の働き方改革につながると確信している。
最後に
課題山積の地域医療を守るためには、医師数の充足はもちろんだが、病院が地域コミュニティの中心となり、より住民に近く、住民に求められる機能を発揮することが重要と考えている。住民が集い、にぎやかな病院になることが希望だ。熊は来て欲しくないが。