医学生×法科大学院生 同世代のリアリティー
法律の世界 編-(前編)
今回のテーマは「法律の世界」
テレビドラマで弁護士など法曹職の仕事を見たことがあると思います。法律を通して紛争を解決し社会秩序を守る彼らは、実際にはどんな人たちなのでしょうか。
法曹三職って、何をする仕事?
医D:医学生、特に医療系学部だけの大学の医学生は、文系の学生と接する機会が少ないので、お話しするのを楽しみにして来ました。まずは3人がどういう方か、教えていただけますか?
法A:僕は大学の法学部を卒業して、今は法科大学院の2年です。将来は弁護士を志望している、比較的スタンダードな法科大学院生なのかなと思います。
法B:私も弁護士志望ですが、難民支援や紛争解決に興味があるので、将来はNGOなどで働くことを考えています。
法C:僕は元々理系で工学部を卒業した後に法科大学院へ進学しました。理系出身というバックグラウンドを活かした進路に進みたいと考えています。
医E:法学部って法律を暗記するというイメージがありますが、何を勉強する所なんですか?
法A:誤解があると思うんですが、法律家は顧客の前で六法全書を使って法令を調べられるので、法律そのものを覚えることはあまり重要じゃないんです。ただ六法には最小限の事項しか書かれていないので、大学ではむしろその六法をどう読めばいいのか、条文をどう解釈すればいいのかを学びます。
医F:イメージと実際の姿は違うものですね。法学部の学生はどういう進路を選ぶのですか?
法B:大学入学時には、多くの学生が司法試験を受験して弁護士などの法曹職に就くことを目指していますが、紆余曲折を経て、その道へ進むのは一部です。残りは公務員になったり、民間企業へ就職することも多いです。私たちが所属している法科大学院というのは、2004年から全国の大学に設置された新しい大学院です。学生はここで専門的知識と実務について学び、司法試験の合格を目指します。
法C:法科大学院は、法学部出身者はもちろん、他学部出身者や社会人経験者にも門戸が開かれています。学生のおよそ2割は社会人経験者や僕のような他学部出身者です。社会人経験のある人は仕事を辞めて入学して来るので、その決意とやる気たるや、凄いものがあります。
医D:なるほど。では法科大学院を卒業した人は、どんな過程を経て法曹職に就くんですか?
法A:大学院を卒業すると、5月に司法試験を受けることになります。9月に試験の合格発表があり、見事合格した人は12月から1年間、司法修習生という、医師にとっての研修医と同じような身分になります。司法修習が終わると、多くの人は法曹三職と呼ばれる弁護士・検察官・裁判官の3つの職種に就き、それぞれの職場で働き始めます。
医E:弁護士については何となくイメージがあるのですが、それぞれどんな仕事なんですか?
法B:弁護士と聞くと、裁判で被告人の弁護をするイメージがあると思うんですが、実はそういう刑事弁護はあまりお金にならないので、専門にしている人はかなり少ないんです。弁護士の仕事の主なフィールドは、離婚や遺産相続などの民事弁護や企業の顧問弁護などです。
法C:弁護士は民間の職種ですが、残る検察官と裁判官は公務員です。検察官というのは、警察が捜査を行った刑事事件について裁判を起こすかどうかを決め、裁判では被告人が犯罪を行ったことなどを証明します。警察と関わることも多く、また縦社会であるため、体育会系の人が向いていると言われます。一方裁判官は、法曹職のなかでもエリートと言われます。裁判のなかで訴訟を起こした原告と相手方である被告の主張を冷静に聞いて、証拠などにもとづいて論理的に判決を下さなければなりませんし、大量の文献や資料を読んで、自らも大量の文章を書かなければなりません。裁判官の判決には国を動かす力があるので、その責任は重大です。
医学生×法科大学院生 同世代のリアリティー
法律の世界 編-(後編)
弁護士のキャリア・医師のキャリア
医F:医学生には6年次に受験する医師国家試験が関門ですが、法科大学院生にとっての司法試験って、どんな存在ですか?
法A:かなり高い壁です。司法試験のいまの合格率は約2割。法科大学院制度ができるまでは3%ほどだったので、それでもだいぶ受かりやすくはなったんですが、学生にとっては依然として難関ですね。
法C:ただでさえ難関の試験なのですが、有名弁護士事務所へ就職したり、裁判官や検察官になるためには上位で合格する必要があるため、それらの進路を目指す人はよりハードに勉強をする必要があります。
医D:医師国家試験は順位が出ないです。合格順位が進路に影響するのは違う点ですね。
法B:ニュースなどでは、司法試験に合格しても就職先がない人がいると言われます。これは医師も同じだと思うのですが、都会では人材が余っているけれど地方に行くと法曹職が足りていないんです。都会であっても、企業の法務部や行政の道に進む選択肢もあるはずなんですが、法科大学院生は視野が狭いので、自分の就職先として都会の大手事務所しか目に入らないことが多いのだと思います。
医E:晴れて弁護士事務所に就職が決まると、どんな仕事をすることになるんですか?
法A:事務所を経営する弁護士のことをボス弁と呼ぶのですが、就職したばかりの新人弁護士は、ボス弁の指導のもとで様々な弁護についての書類作成に明け暮れます。数年間そうした下積みを続けて、徐々に一人で業務をできるようになっていくんです。
医F:医師はUSMLEを取得し、アメリカへ臨床留学することでキャリアアップを目指す人もいます。弁護士の留学事情はどのようなものなんですか?
法B:弁護士も医師と同様にアメリカの法科大学院のLL.M.(Master of Laws)に留学して、国際法やアメリカの法律を学びます。昨今、日本企業も国際的な取引が増加しているので、その顧問弁護をするためには、もはや日本の法律だけを知っていれば務まる世界ではなくなっているんですよ。
法C:留学した医師は、そのまま向こうに永住して医療に従事することになるんですか?
医D:留学する医師の多くは、海外で高度な技術や知識を学びますが、将来的には日本に戻って医療に従事します。しかし、例えば向こうで最先端の外科技術を身につけたとしても、その技術を活かすための設備が日本の病院にないなどの問題が起きることもあるそうです。留学にはリスクが伴いますし、「箔」を付けるためだけに留学する時代ではないのだろうと思います。
医E:医師にとっても弁護士にとっても、キャリア上の目標の一つとして開業することが挙げられますよね。医師が開業する場合には、出身医局との関係が重要になります。と言うのも、専門分野外だったり治療の設備がないために自分では診られない患者さんが受診してきた時に、多くの診療科を擁していて設備も充実している大学病院などに紹介する必要があるからです。弁護士が開業する時には、何が重要なんですか?
法A:弁護士が開業する時にも、他の弁護士、そして顧客とのコネクションが一番大切だと思います。客商売なので。まずは法律事務所で経験を積みながら顧客との信頼関係を築いた後に独立するケースが多いです。弁護士も自分の専門でない依頼に対しては他の事務所へ紹介をすることもあります。ただ開業医の場合は設備次第で治療が難しい疾患がありますが、弁護士の開業に必要なのは設備ではなく六法と頭脳だけなので、そこが医師と違うところかなと思います。
医療訴訟の当事者になること
法B:近年、医療訴訟がニュースになることが多いですね。将来、自身が訴訟の当事者になる可能性があるということについてはどう考えているんですか?
医F:授業でも取り扱われますし、友人との話題に上ることもあります。例えば産科は訴訟のリスクが高いと言われます。妊娠・出産って、おそらく一般の人が考えているよりも遥かにリスクが高いんです。それ故に、出産時に妊婦が亡くなってしまうと、たとえ医師に過失がない場合でも、訴訟に至ってしまうことが少なくない。患者さんの抱くイメージと、実際の医療現場でのリスクの間にギャップがあると、万が一医療事故が起こった際に訴訟に発展する可能性が高くなるのだと思います。
法C:医療訴訟の有名な例としては、「エホバの証人輸血拒否事件」があります。これは、信仰上の理由から輸血を拒否する患者さんの意に反して医師が輸血した事例について、助かった患者さんが医師を訴えたものです。この裁判は最高裁まで争われ、結果的に患者さんの主張が認められました。このように一時期の判例では医療者に対して厳しい認定が出されることもあったのですが、近年は医師のリスクをもっと減らすべきだと言われています。
医D:率直に言うと、医師は患者さんの命を救うことを第一に、日々必死に治療をしているので、輸血すれば助かる命を救うなと言われると、複雑な気持ちです。
法A:もちろん医師にとっては患者さんの命が最優先だと思うのですが、我々法律家にとっての至上命題は、その人の意思決定を実現することなんです。
医E:医師も弁護士も「相手のため」を考える仕事なのに、時として結論が逆になることもあるんですね。日頃あまり触れることのない法律家の考えを知ることができ、興味深かったです。
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