ケース・スタディ 滋賀県東近江市永源寺地区①
認知症の人と関わるチームの姿(前編)

この特集では、認知症の人を「患者」とは呼んでいません。それは、認知症を機能障害の一種だと捉えているからです。視覚障害や聴覚障害がある人を「患者」とは呼ばないのと同様、認知機能に障害が出ている人のことも、「患者」としてではなく、「生活者」として接する方が自然ではないでしょうか。
ここからは、地域医療に携わる医療者が、「生活者」としての認知症の人とどのように関わっているのか、滋賀県東近江市永源寺地区の事例を通して紹介します。

「お互いさま」で支え合う

「永源寺地区は、滋賀県の山あいに位置する人口約6000人の地域。高齢化率は平均して30%ほど、集落によっては70%を超えています。大半が森林に覆われる180㎢(東京で言えば山手線の内側の約3倍)の面積を、2つの診療所と1つの薬局でカバーしています。診療所や薬局から、介護施設、行政やボランティア団体まで、様々な人々が手を組み、医療や介護を必要とする人に、「チーム永源寺」として関わる体制を作っています。

チーム永源寺では、認知症の人に対して特別な取り組みを行ってはいません。認知症は、人が生き、老いていく自然な過程の一部として捉えられているようです。

この地域で代々続く丸山薬局の大石さんは言います。

「人間関係は『お互いさま』だと思います。私は地域のおじいちゃんおばあちゃんに、畑の作物の育て方を教えてもらうことがある。同じように、年をとって物忘れが出てきた人がいたら、誰かがその人の『老い』や『認知症』という部分を補えばいいだけです。私はこの町の『薬屋』なので、薬剤師として寄り添うのが、地域の一員としての私の役目だと考えています。」


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(写真右上)集落の路地に沿って家々が並ぶ。
(写真中)車が入れない家への訪問診療。診療所の看護師と研修医が同行している。
(写真右)薬剤師の大石さんが、飲み忘れがないよう、薬を服用日ごとに分けて日付を書きこんでいる。

 

ケース・スタディ 滋賀県東近江市永源寺地区①
認知症の人と関わるチームの姿(後編)

認知症は特別なものではない

永源寺診療所の所長を務める花戸貴司先生は、80人ほどの方のもとに、月にのべ120回ほどの訪問診療を行っています。そのうち半数ほどは認知症と言える状態だと言います。

「医療者から見て認知症があると思える方でも、ご自身で『あ、認知症になったな』と考える人はほとんどいません。目が見えにくくなってきた、耳が聞こえにくくなってきた、というのと同じように、『どうも最近忘れっぽくなってきた』『今までできていたことが、うまくできなくなってきた』と感じるんだと思います。

私たちが認知症に気付くのも、別の訴えからということが多いです。例えば、『かゆみ止めのお薬をください』と言われたとき、かゆみ止めの薬を出すだけじゃなくて、なんでかゆいのだろうとよくよく聴いてみる。そうすると、長いことお風呂に入っていなくて、それでかゆみが出ていることがわかります。ではなぜお風呂に入れていないのかと考えると、その原因に認知機能の低下があるかもしれない。そこではじめて認知機能の評価をすることになります。

私たちは、認知症の人が来たから認知症をどうにかしよう、と考えているわけではないのです。目の前の人が今まで送ってきた生活に支障が出てきたなら、どうすればこれまでの生活を継続できるだろうと考える。その過程で、必要ならば診断をつけたり、投薬したりする。それだけです。」

花戸先生は、認知症になるのを特別なことだと考えてはいないと言います。

「年をとったら誰でも、体の機能が弱ってきますよね。でも、いきなり何もできなくなるわけではなくて、ちょっとした工夫があれば、今まで通りに生活できます。例えば、足が悪くて歩くのが大変ならば、杖をついたり歩行器を使ったりすればいい。同じように、認知症の人についても、どんな工夫が必要なのか考えて、医師も、薬剤師さんも、訪問看護師さんも、ヘルパーさんもご家族も、それぞれができる手助けをすればいいと思っています。」

 

花戸 貴司先生 東近江市永源寺診療所 所長

出身は同じ滋賀県の長浜市です。自治医大で学び、永源寺に赴任して16年。診療所の隣に住んで、この地域の一員として暮らしています。

 

大石 和美さん 丸山薬局 管理薬剤師
プライマリ・ケア認定薬剤師

若い頃は、田舎の薬局に帰ろうなどとは思わずに、京都の大学で教育や研究に没頭していました。
でも今は、地域の人に必要とされる『まちの薬屋』であることに誇りを持っています。

 

中核病院との連携

(独)国立病院機構 東近江総合医療センター

東近江市は、幅広い職種が集まる多職種連携の活動「三方よし研究会」で有名な地域でもあります。月に1度、地域の医療機関、介護施設はもちろん、行政職やお寺の住職の方までもが集まって「顔の見える関係」を築いています。その輪の中に、東近江市の中核医療機関である、国立病院機構東近江総合医療センターもあります。医療センターと地域をつなぐのは、主に院内の地域医療連携室の役割です。連携室に所属する看護師や医療ソーシャルワーカーが、地域の診療所と連絡を取り合い、症状や家庭環境について情報交換をして、患者さんの入退院をサポートします。また、医療センターには開放型病床が設けられており、地域のかかりつけ医が入院患者さんの診療を行うこともできるようになっています。更に、医療センターには、滋賀医科大学の教室が設けられており、学生や研修医の地域医療教育の拠点として、重要な役割を果たしています。学生や研修医は、地域での医療やケアの現場を知り、地域と連携しながら、急性期の医療を学ぶことができるようになっています。

目片 英治先生
東近江総合医療センター 
副院長・滋賀医科大学 教授

伊藤 綾子さん
東近江総合医療センター
地域医療連携室 看護師

 

 

 

 

 

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