医学教育の展望
「経験から学ぶ」環境で、学生を育てる(前編)

「失敗」から学び、人間的に成長してほしい

医学教育はいま、大きな変化の渦の中にあります。臨床研修必修化はもちろん、医学研究の成果や新しい技術の開発に伴って学習内容は増加し、新しい取り組みがどんどん進んでいます。そんな医学教育の今後の展望について、最前線で取り組んでいる教育者を取り上げ、シリーズで紹介します。

患者が医師に人柄やコミュニケーション能力を求める時代に、医師としての成長には、最短ルートや「正解」はない。一見、医師としての成長に関係なさそうな経験や、失敗から学ぶ経験もときには必要だ。

しかし、最近の医学生たちは失敗を恐れ、常に最短ルートを進みたがり、ただ一つの「正解」を求める傾向があると言われている。それには、過酷な医学部受験を乗り越えた後も続く、「選択肢から答えを選ぶ試験」漬けの医学教育のあり方も無関係ではないだろう。

今回は、「失敗から学ぶ」経験を医学教育に効果的に取り入れている、大阪市立大学大学院医学研究科総合医学教育学教授、同大学医学部附属病院卒後臨床研修センター長の首藤太一先生にお話を伺った。

地域医療研修でのびのび学ぶ

医学生のみなさんにも、近い将来、研修医として患者の前に立つ日がくる。研修医も患者にとっては一人の医師であり、大きな期待が寄せられる。ときにそれは研修医にとって大きなプレッシャーとなるかもしれない。

大阪市立大学医学部附属病院での臨床研修では、2年目の地域医療研修(1か月間)で、青森県での地域医療研修が選択可能になっている。毎年20名超の研修医が青森県で1か月の研修を行っているという。

「地域に出てみると、医師がもともと不足していることもあって、住民たちに研修医がとても歓迎される。そういうあたたかい空気の中で、ときに失敗も経験しながら、患者さんとの一歩踏み込んだコミュニケーションの経験を積み重ねて成長していくことができるんです。

大学病院で研修をしていると、患者さんの医療への期待や、指導医からのプレッシャーから研修医が萎縮してしまうこともあります。そういう環境だと、なかなか患者さんとの一歩踏み込んだコミュニケーションを学ぶのは難しいですよね。それが、地域での実習なら、地域住民にも喜んでもらえて、医学生ものびのび学ぶことができる。Win-Winの関係というわけです。研修医にも、とても好評です。感想を聞くと、『血圧を測っただけなのに、拝むほど感謝されて嬉しかった』、なんて体験を話す研修医もいるんですよ。」

 

医学教育の展望
「経験から学ぶ」環境で、学生を育てる(後編)

「失敗から気付かせる」環境を作る

大阪市立大学医学部のスキルスシミュレーションセンター(SSC)は、年間にのべ約一万人が利用する、全国でもトップクラスの稼働率を誇るトレーニング施設だ。大阪市立大学医学部の学生をはじめ、大学附属病院の医師、看護師等が、シミュレータによる手技や、ロールプレイによる医療面接などのトレーニングを行っている。

先生「本学ではロールプレイによる医療面接のトレーニングも実施しています。初めの頃は、最後に一例として私が実演をして見せていたのですが、学生がそれを『模範解答』だと思ってしまうことに気付き、やめました。患者さんとのコミュニケーションに、模範解答なんてものはありえませんよね。医師の仕事とは、答えのないことを一生考え続ける仕事だということを知ってほしい。

シミュレータやロールプレイの良いところは、『間違えられること』。最初から失敗せずに何もかもできる人などいませんし、人は失敗から学ぶものですが、実際の医療の現場では、大きなミスは許されません。失敗し、そこから学ぶ経験は、患者さんの前に出る前にしておいたほうがいい。

失敗からの学びをより深いものにするためのコツに、『教えないこと』があります。例えば、ある学生は、中心静脈穿刺手技講習で間違った針を選んでしまって、なかなか針を入れることができなかった。でも、その学生についているインストラクターや介助者はミスに気付いていても、あえて『教えない』んです。できなかった時間のぶんだけ、その体験が学生の胸に刻まれますから。『失敗した』、『できなかった』経験は強く頭に焼きついて、その経験が『次は絶対に失敗しないぞ』という強い気持ち、さらなる研鑽につながるんです。」

能動的な学習を一生続ける仕事

また、SSCでは、教育は教員が行うものという考えにとらわれず、『Teaching is learning.』という考えをベースに、後輩研修医や学生指導による、より効率的な学びの体制を確立しているという。

「その一例が、学生インストラクターによるAED講習会です。この講習会は、2007年から200回以上実施していて、受講者数は一万人以上にのぼります。医学部の1年生や、他学部の学生、病院の職員などに教えています。教える側にとっての学びになるのはもちろん、教えられる側の医学部1年生にとっても、学生からの講習を受けるのは有益です。『次は自分たちが教える立場になるんだ』と思うと、先輩のやることを、良いところも悪いところもしっかり見ようとしますよね。

地域医療研修やSSCでの学習の機会を通じて身につけてほしいのは、能動的な学びの姿勢です。

医師としての成長のチャンスは、教科書の中だけでなく、地域の人たちとのふれあいなど、いろんなところにあるんです。だから、医学生のみなさんには、一見、医学部の勉強とは関係なさそうなところからも学ぶアンテナを張っていてほしいと思います。研修医として現場に出てからも、そこでは一人の医師として、上級医から『教えてもらう』のではなく、『盗む』という姿勢で、能動的に学び、成長していってほしいですね。」

首藤 太一先生
(大阪市立大学大学院 医学研究科 総合医学教育学 教授/医学部附属病院卒後臨床研修センター長)
同大卒業後、第2外科助手に。平成17年より医学教育学を担当。

No.15