医師のみなさまへ

2004年3月1日

平成14・15年度 勤務医と医師会活動(平成16年3月)

平成16年3月

日本医師会勤務医委員会

平成16年3月

日本医師会
会長 坪 井 栄 孝 殿

勤務医委員会
委員長 池 田 俊 彦

勤務医委員会答申

勤務医委員会は、平成14年7月26日の第1回委員会において、貴職から「勤務医と医師会活動」との諮問を受けました。
これを受けて、委員会では2年間にわたり鋭意検討を続けてまいりました。
ここに委員会の見解を答申に取りまとめましたので、報告いたします。

勤務医委員会
委 員 長 池田 俊彦 福岡県医師会副会長・福岡市民病院名誉院長
副委員長 佐野 文男 北海道医師会副会長・札幌社会保険総合病院院長
委  員 伊賀 六一 財団法人日本医療機能評価機構専務理事
(平成15年10月2日逝去)
井上 純一 広島県医師会常任理事・広島逓信病院副院長
岩平 佳子 東邦大学医学部附属大橋病院形成外科助教授
薄田 芳丸 新潟県医師会理事・信楽園病院常務理事
荻原 正雄 静岡県医師会理事・新富士病院院長
早川 弘一 前東京都医師会理事・久我山病院院長
樋口  紘 岩手県医師会常任理事・岩手県立中央病院院長
藤田敬之助 大阪府医師会理事・大阪市立総合医療センター小児内科部長
渡辺  憲 鳥取県医師会常任理事・明和会渡辺病院院長

(五十音順)

目 次

はじめに

I.医療構造変革期における勤務医の役割

  • 1.
    医療改革の方向性についての勤務医からの考察
  • 2.
    よりよい医療を推進するための勤務医の役割
  

II.医師の資質向上と育成を支える勤務医の役割

  • 1.
    医の倫理の高揚と自浄作用
  • 2.
    生涯教育の推進
  • 3.
    新医師臨床研修制度への取り組み

III.勤務医の労働環境をめぐる問題と対応

  • 1.
    医師の適正配置をめぐる課題
  • 2.
    医師の労働過重と長時間労働の問題
  • 3.
    女性医師の抱える問題

IV.勤務医の医師会活動推進のために

  • 1.
    勤務医自身の医師会員としての認識
  • 2.
    医師会の意思決定機関への積極的参画

まとめ

はじめに

本来、生命と健康の問題は、金銭という物差しでは測れない、また測ってはならないものであるが、現在、財政主導、経済優先、市場原理主義の下に、医療改革が進められようとしており、国民医療は危機に瀕していると言える。

このようなときだからこそ、なお、勤務医会員も、日本医師会を構成する会員として、日本医師会が目的とし、推進している国民医療向上のための活動に積極的に参画すべき責務があるが、現状では、残念ながら、医師会への帰属意識も薄く、必ずしも医師会活動への参画が十分とは言えない。また、医師会の方も勤務医会員に十分活躍の場を与えていないという実態もある。

今日のように、大きな医療変革の時代にあっては、開業医とか勤務医とかの枠を越えて、一致団結して事にあたることが肝要であり、この時期に「勤務医と医師会活動」という諮問を投げかけられた意義は極めて大きい。

諮問を真摯に受けとめ、討議した。以下、医療改革の方向性、良質な医療の提供、医師の資質向上と育成、勤務医の労働環境をめぐる問題、勤務医の医師会活動推進などの視点でまとめたので報告する。十分意を尽くせていない部分も多いが、意のあるところをお察しいただきたい。

I.医療構造変革期における勤務医の役割
1.医療改革の方向性についての勤務医からの考察

21世紀に入り、社会経済情勢の大きな変化とともに、医療界も大きな変革期を迎えている。医療は、人の生命に直結する高度に専門化した領域として、従来、経済社会構造の中で、いわば「聖域」のような例外的取り扱い方がなされてきた。しかし、近年の社会的価値観の大きな変化の中で、極限すれば、医療は経済活動の一領域として、また、医師は「聖職者」ではなく誤りを犯し得るひとりの技術者としてみなされるようになってきた。

以上を踏まえて、医師ならびに医師会はどのようにして、国民の医療への信頼に応えてゆくべきであろうか。

まず、すべての医師は、開業医・勤務医の立場を超えて、「医の倫理」に立ち戻るべきであろう。医療改革の方向性は、「医の倫理」を理念的背景になされるべきであるし、勤務医も医師会活動へ積極的に参画しながら大いに提言を行ってゆくチャンスと考えられる。医師会は、元来、地域住民へ高い倫理性と高度の専門性をもって医療システム作りを行う公益法人のはずであるが、往々にして、医師とりわけ開業医の利益擁護団体と誤解されがちであった。これらを是正するためにも、勤務医が医師会活動へ積極的に参画し、医療改革の方向性についての活発な提言を行うことが重要である。

20世紀における医療の中には、情報開示を含め患者への説明責任が十分に果たされていなかったり、医療構造においても非効率的な部分も存在したことは事実である。一方、昨今の政府の総合規制改革会議において、繰り返し、医療の根幹に関わる変革を求めて来ているが、これらはあまりに経済原理に流され過ぎている。医師会が主体となって、真に国民に有益な医療構造改革の方向性について提言するためにも、従来の医療界の常識にとらわれない若手医師の柔軟な発想も十分に活用すべきであろう。ことに、若手勤務医は、現在の医療制度の歪を日々実感しながら業務にあたっていると思われ、彼らの感じている現状の課題を、医師会の中で十分議論を行い、医療者側ならびに患者側双方の立場で解決できるような政策提言につなげていくことが重要である。各医療機関において、保険診療のうえでは、すでに、さまざまな運営上の変革を求められてきている。病院の地域における機能分化と病診連携、診療情報の幅広い開示、根拠に基づく医療(EBM-Evidence based medicine)の提供、医療安全(医療事故防止)、病院内の業務効率化ならびに地域における医療連携のためのIT化、次世代を担う医師の教育・研修など、勤務医が病院医療の現場で取り組める医療構造改革上のテーマは多い。

勤務医は、多くの都道府県医師会、郡市区医師会において、すでに会員数が過半数を占めているにもかかわらず、従来、「サイレントマジョリティー」の如く、医師会を通じた地域医療への発言を行う機会が少なかった。医療改革が声高に求められている今こそ、多くの勤務医が医師会活動に参画し、医師会の持つさまざまな機能を通して医療改革への積極的な提言を行うべきであるし、これらを通して、医師会そのものを変えていく好機と考える。また、これらのプロセスを通して、医師会が真に国民に開かれ、支持されたものへ脱皮することができよう。さらに、勤務医自身にとっても、地域医療に幅広い見識と視野を持った医師としての自己改革につながるはずである。

2.よりよい医療を推進するための勤務医の役割

「患者中心」の医療を安全かつ効果的に提供するためには、まず患者と医療者が相互信頼の絆で結ばれ、共通の目標を理解し認識していることが前提となる。この場合の医療者とは医師だけではなく医療に関わるすべてのスタッフである。「患者の満足」という視点からみると、医療の主体となる医師のほかに多くの人達が患者と関わっており、「患者の満足」を高めようとすればするほどこれらの人達が多く必要とされる。そして、すべての医療者が「患者中心」という意識で統一されていなければ「患者の満足」という目的は達成されない。したがって他の医療者と同様に医師の協調性は、資質として不可欠である。

「患者中心」の医療は、インフォームド・コンセント、情報開示、EBM、医療安全、IT化などと不可分であり、いずれの切り口からでも捉えることができる。また、それぞれが密接に関係している。たとえば、医師が患者に病状と治療方法を説明して、患者が治療法を選択する場合、患者個人の診療情報が正確に把握されており、治療方法が独善ではなくEBMに基づいていて、医療安全にも配慮が払われていることなどが必要であろう。なおIT化は、特定業務の改善を図るための一手段であり、それ自身が目的ではない。

「由らしむべし、知らしむべからず」というパターナリズムが長い間医師の意識の底流にあった。患者は医師に畏敬の念を抱き、医師は生命に対し畏敬の念を抱いてきた。換言すれば、互いに畏敬の対象を異にしながら医師-患者関係を保ってきた。しかし、20世紀の後葉、医学・医療の発展と人権意識の高揚、海外との交流などによって、この意識の乖離が矛盾として露呈し、医師に対する畏敬の念は急速に低下した。「生命倫理」の問題は、国民性や文化的背景にまで及ぶ深い問題として国民に認識され、同時にこれまでタブー視されていた医療に対する情報開示の要求が一気に強まり、医師に対する説明責任が社会的に求められるようになった。

21世紀は、患者と医療者の関係を再構築する世紀である。そのためには、まず、医療現場にいる医師の側が早急に意識改革をする必要がある。そして長期的には、医学教育のカリキュラム自体が社会の要請に応えられるように組み変えられるべきであろう。コアカリキュラムの充実とチュートリアル学習、クリニカル・クラークシップなど自己開発と参加型学習や評価システムが幅広く導入されなければならない。そして、勤務医は臨床の現場で研修医を指導する講師的地位を確保すべきであろう。

なお、より現実的には勤務医が医療政策の誘導に対応できる能力を持つ必要がある。特に情報の開示と医療安全については、医師が先頭に立って進めるべきであり、勤務医は、それぞれの医療機関の中心的役割を果たすべきである。独り善がりでは決してよりよい医療を進めることはできない。とかく医師からのインシデント・レポートの提出が少ないとか、病院内に設置されている各種の委員会に対して非協力的であるという声を聞く。また、医療・福祉関係者の間で一緒に働きたくない職種として医師をあげている調査報告もある。いずれも他山の石として反省すべきものである。同時にプロフェッションとしての質を適正に評価するためのキャリアパスシステムを構築することが是非とも必要であろう。医療機関が機能評価を求められる時代にふさわしい要求として、勤務医は自身のアイデンティティを確立するためにもキャリアパスシステムの構築を求めるべきである。いわゆる医局人事から脱却し勤務医が自立するための重要なステップであり、就労環境の改善への布石ともなるはずである。

II.医師の資質向上と育成を支える勤務医の役割
1.医の倫理の高揚と自浄作用

(1) 新しい倫理観とプライマリ・ケア

高度な医療技術の開発と医学研究の進歩が、臨床の場で人の生命や生活の質に直接関わりを持つようになり、医の倫理の認識とその体系化が強く求められている。とりわけ専門性を追求する病院医療では、医療技術を重視する価値観と人権を重視する倫理観との間で選択を迫られることが多く、その中心的な役割を担う勤務医が、医の倫理への認識を高めることが喫緊の課題である。

医療においても、治療の判断に際してEBMに基づく臨床成績の確率性の提示とインフォームド・コンセントによる患者自身の選択が重視されるようになった。その際、医の倫理が医師と患者との信頼関係に活きた力として働き、さらに、その原点にプライマリ・ケアの基本姿勢があることをあげたい。なぜなら、プライマリ・ケアは、専門性のいかんに関わらず、患者の総合的な把握とQOLに価値観をおくことを基本とするからである。勤務医としての専門性が進む中で、プライマリ・ケアの基本を身につけていない医師は、患者を総合的に把握する能力や患者を中心におくチーム医療の一員としての資質に欠け、医師としての倫理的な判断能力が問われることになる。すなわち、これからの病院医療において、プライマリ・ケアの基本に立脚した新しい倫理観を組織的に高めてゆくことが極めて重要な課題となろう。

(2) 生命倫理と職業倫理

生命倫理(バイオエシックス)は、患者の意思の尊重による患者の人権と自由を保護することを基盤にして、医療が生命の質に直接関わる問題に対してのみならず、インフォームド・コンセント、健康と環境、医療経済等、人の生命に影響を及ぼすすべての問題を包括している。生命倫理に関しては、生命科学として研究が進められている高度先端医療技術以外にも、癌の告知、終末期医療、輸血と宗教、治験・臨床研究など、日常の臨床の現場において人権や生命の質に直接関わる問題として日々遭遇する。

一方、職業倫理の第一歩は、人としてのマナー、モラルを身につけることである。これは、医療専門職として患者との信頼関係を維持するうえで、最低限必要である。また、診断と治療、処方や診療録などに対する責任ある姿勢、守秘義務、インフォームド・コンセント、職域間の連携などに的確に対応できるかどうかは、職業倫理の重要な要素である。

病院として生命倫理や職業倫理について常に考え行動するため、倫理委員会またはこれに準ずる組織を設けることは、今や病院医療の常識である。具体的な問題が絶えず提起され、対応を論じ、行動計画が全職員に伝達される仕組みが、病院における生命倫理と職業倫理を包括した「医の倫理」を高めることにつながるのである。さらに、勤務医にはこれらを中心になって推進してゆく原動力としての役割が求められている。

(3) 医の倫理の高揚と医師会における自浄作用

専門分化が進む医療界で患者中心の医療を推進するためには、医の倫理を共有する体制作りが必要である。日本医師会が「医の倫理綱領」を編纂して全会員に医の倫理の浸透を図った意義は極めて深い。

病院が地域に開かれた医療機関として機能するには、医の倫理を共有する姿勢が必須条件である。医療連携、生涯教育も医の倫理を共有する重要な場である。実際、勤務医には、これらを推進する役割が求められている。院内における各職域間の連携はもとより、他の医療機関等と協力し、患者のQOLを高めてゆくことが重要で、勤務医と地域の医師会との活きた関係を作るにも、これらの活動を通して倫理観を共有することが大切であろう。

さらに、医の倫理に反する行為には、病院として、さらに医師会として、厳しい態度で臨むことが同時に求められる。昨年度、日本医師会に設けられた自浄作用活性化委員会は、まことに時宜を得たものである。同様な趣旨の組織は、都道府県医師会ならびに地区医師会レベルでも設けられるべきであろう。医師会における自浄作用は、今後続けられるべき医の倫理の高揚への努力と車の両輪をなすものと言えよう。

医の倫理は、医師がプロフェッションとしての価値を高める最も大切な要素である。とりわけ、医の倫理が診療内容や経験のいかんに関わらず病院組織として浸透することこそ、医療が患者の信頼に応える質の担保であり、勤務医に期待されるところが大きい。

2.生涯教育の推進

昭和62年、日本医師会は生涯教育制度を発足させたが、今日まで早くも17年が経過した。この間、本制度の内容充実と発展のために、「生涯教育カリキュラム」が作成され、順次改定が行われている。申告方法も従来の自己申告に加えて一括申告方式が取り入れられた。一括申告方式が最善かどうかについては今後検討していく必要はあろうが、この方式の導入の結果、本制度の評価値である申告率は、平成14年度には全国平均で69.6%と過去最高値に達した。

この成果に、勤務医がどのように関与してきたのだろうか。また、今後どのように寄与すべきだろうか。ここでは、勤務医を生涯教育の、教育する側と、学習する側に分けて考察する。

(1) 教育する側

医師会の主催する生涯教育講座は年間厖大な数にのぼるが、講師を務める者の大多数は、大学病院の教育スタッフや大病院の部長や医長である。すなわち、勤務医である。これらの講師による講座は、その内容充実に加え、講演方法も生涯教育制度発足当時から比べると、最近ではパソコンを使用し、動画も取り入れるなど格段の進歩がみられる。また、講師の話し方も上手になり、EBMや病診連携を意識した講演も増加している。結果として、講座終了後に受講者からアンケートを集計すると、「分かりやすかった」、「ためになった」といった評価の高い答えが多い傾向にある。これは、講師たちが大学や大病院において、約10年前より新しい医学教育方法について熱心に研修を始め、その結果を学生や同僚から評価された経験の成果と考えられる。

以上よりみて、生涯教育における教育する側の勤務医の努力とその成長は、高く評価されてもよいと判断される。

近年になり、チュートリアル学習、クリニカル・クラークシップなどの少人数教育法が医学部教育に積極的に取り入れられるようになってきた。その結果として、一部の医師会では、勤務医を講師に迎え、類似の少人数集中教育を実施し始めている。さらにごく最近では、ACLS(二次医療救急)やAED(自動体外式除細動器)による初期救急治療など実地に役立つ手技の講習が行われ始めている。これらの講習は、学習効果が極めて高いので、今後は生涯教育により積極的に導入されることが望ましい。しかし、これらの方式導入には、参加する医師たちの時間的、経済的な負担が重要な問題となるので、日本医師会において、システム構築と援助を教育者としての勤務医を交えて十分検討する必要がある。

(2) 教育される側

生涯教育の申告率からみると、勤務医のそれは他の医師より平均的に低く、また、病院ごと、特に大学間のばらつきが極めて大きい。この傾向は医学部の多い大都市で顕著で、そのため大都市の医師会の申告率も低くなる。この原因は大学医師会勤務医の診療、教育、研究、さらに認定医、専門医、指導医などの資格取得などによる多忙、あるいは医師会に対する無関心、一部の大学医師会組織の未成熟など種々のことが考えられる。各地域医師会ではこれらの是正を熱心に検討しているので、やがて効果が現れることが期待されてはいる。しかし現実には、勤務医は上記の専門医等の取得など医学専門知識と実技を学習していることには疑いの余地はない。この学習の証明になるもの(研修手帳、専門医となるための厖大な資料、学会報告、学会出席など)を、個々の勤務医は十分所有している。したがって、このように実質的に生涯教育を行っている勤務医については、その施設の責任者による一括申告など申告の簡素化も考慮されるべきではないだろうか。

しかし、医療倫理を含めた広範な医療的課題について勤務医の取り組みが十分かどうかについては、大きな疑問が残る。日本医師会生涯教育制度においては、医学的課題はもちろんであるが、むしろ医療的課題にこそ基本をおくべきかもしれないことを考慮すると、複雑な問題も考え得る。

医師会員の半数を占める勤務医の生涯教育への役割は、教える側としても学ぶ側としても、今後ますます重要となるであろう。勤務医は率先して生涯教育に能動的に取り組み、自己研鑽に励む中で、勤務医以外の医師とも交流を深め、相互理解を推進することが望まれる。

3.新医師臨床研修制度への取り組み

(1) 新臨床研修制度のキーワードは全人的医療

昭和43年にインターン制度が廃止され、現行の臨床研修制度(臨床研修を行うように努めるものとする=努力規定)に変わったが、平成16年4月から開始される新臨床研修制度においては、「診療に従事しようとする医師は(中略)臨床研修を受けなければならない」(=必修義務)と医師法第16条の2に定められた。

新制度の理念は、1)患者を全人的に診ることのできる基本的総合診療能力(技術、態度、知識)をプライマリ・ケアを中心に幅広く修得すること、2)臨床研修に専念できるように研修医の身分の安定及び労働条件の向上、ならびに指導体制の充実を図ること、3)医師としての人格を涵養するために医の倫理を学ぶこと、4)救急、精神、小児、産科、地域保健・医療の理解と実践、医療安全対策を身につけることなどである。

(2) 現行制度の反省から地域保健・医療の重視へ

現行の臨床研修制度においては卒業生の75%近くが卒後直ちに大学医局に入局し、研修は限られた専門領域でのみ実施されており、知識や技術や経験において偏った専門医志向研修となってしまった。このような医師像を国民が否定した結果が、今回の新研修制度である。

厚生労働省の「臨床研修の到達目標」は、1)保健所の役割、2)社会福祉施設等の役割、3)診療所の役割(病診連携への理解を含む)、4)へき地・離島医療、について、それぞれ理解し、実践するとしている。これは高度医療や専門医療のみが医療ではなく、人間が生まれてから死ぬまでのあらゆる場面に全人的に関わるのが医師であるという理念を謳っているのであり、医師会活動はその実践である。そして全人的医療の研修の場として、一般臨床研修病院の役割が期待されている。一般臨床研修病院はプライマリ・ケアを中心とした基本的診療能力とインフォームド・コンセントや医療安全対策などの習慣をしっかり身につけた医師を育成して、2年後には大学病院等における後期(専門医)研修へつなげるのが一つの大きな役割であろう。

一方、大学病院は、効果的な卒前教育と後期研修(専門医療分野の修練)ならびに基礎・先端医療の研究を受け持ち、さらに、診療機能も医師教育機能とともに一般臨床研修病院と機能分担・連携を進めるべきであろう。そのためには、診療報酬や教育システムの政策的基盤の整備が必要なことは言うまでもない。

(3) ソフトランディングで試される先輩医師集団

厚生労働省は、今回の新医師臨床研修制度における研修病院の指定基準を暫定的に緩和し、平成19年度末までは、1)医療法上の医師の配置基準を満たされなければならないとの規定を適用しないこと、2)受け入れ研修医の数は病床数を8で除した数を超えない範囲とすること、3)指導医の臨床経験を5年以上とすること、などとした。これは、大学病院の受け入れ数を増やす一方、医師確保が困難な地方の研修事情にも考慮したソフトランディングである。

しかし、このソフトランディングは、我々先輩医師の力量を試されることでもあることを銘記しなければならない。その意味で多くの研修医を受け入れる一般研修病院の勤務医の役割は大変重要である。何としても良き医師を育てるという強い信念のもとに、1)指導医の養成の推進、2)受け入れ病院・施設の研修プログラム(formal curriculum)の充実、3)研修医及び指導医と研修病院の客観的評価システムの構築、4)良きinformal(hidden=隠れた)curriculum(後述)も重視していくことが求められている。

(4) 「新医師臨床研修制度」は現職先輩医師の「再教育制度」である

医学の実践(=医療)とは生命科学を人間性と結びつけることであり、医師教育において人間性の育成は最重要項目であるが、米国医師・患者学会では、その人間性(humanism)とは患者に対して関心と敬意を持ち、患者の心配事や患者が大切にしているものに取り組む医師の姿勢(考え方)と行動である、と定義している。

Hidden curriculumとは日常業務の中で、院長、先輩医師、同僚、コメディカル等によって示される態度や言葉の習慣をいい、それが良きにつけ悪しきにつけ新人医師に強力なメッセージを伝え、それを新人医師が身につける医師の習慣である。しかし、これまでの医師の良き習慣は系統的な教育を受けた成果ではなく、丁稚奉公と個人の資質によるものであった。京都大学大学院福井教授は、指導医師の役割として、1)知識(エビデンス)を伝えるとともに検索する方法を指導、2)診療面接技法、診療記録の書き方などの臨床手技の指導、3)経験則及び科学的根拠に基づく判断・決断の仕方の指導、4)研修医の精神心理面へのサポート、5)研修医の評価とフィードバック、6)ロールモデル(医師としての手本)の6つをあげている。これらの役割に関して、現職の病院長や教授、現場の科長など医学界の中枢で活躍中の多くの医師自身は、以上のような系統化された教育を受けてこなかったことも現実としてある。したがって、新臨床研修制度は、先輩医師たちの再教育制度と言っても過言ではなかろう。

(5) 地域医師会における勤務医の役割

厚生労働省は、臨床研修病院について二次医療圏に少なくとも一つの幅広い臨床研修を提供できる体制の確保を期待している。

全国369の二次医療圏に臨床研修病院群(病院、診療所、保健所、介護・老人保健施設等を含む)を構築するには、その地域医療圏の中核的な病院が管理型となって病院群を作ってゆく必要がある。それを推進できるのは、行政ではなくそれらの病院の勤務医であろう。各地域の背景にもよるが、医師会勤務医部会等が新医師臨床研修制度の質的向上を目指した協議会を結成し、新臨床研修制度のあらゆる問題の対応にあたることが望ましいと考える。

(6) 国民の評価に耐え得る研修指導が医療の信頼回復を導く

新臨床研修制度を推進していく中で、先輩医師である我々現職医師が、あたかも、この新しい臨床研修制度で育ったかのように自己変革ができたとき、はじめてわが国の真の医療改革が成熟することであろう。

36年ぶりの医師臨床研修制度改革の成果は相当後年にならないと評価できないが、この35年間日本の医療制度のさまざまな矛盾を解決して来られなかった我々は、新医師臨床研修制度に真剣に取り組み、医療の信頼回復に邁進しなければならない。

III.勤務医の労働環境をめぐる問題と対応
1.医師の適正配置をめぐる課題

大学医学部の医局に勤務医の供給を頼っている多くの病院では、すべての診療科で必要とする医師を確保することは困難となっている。都市の病院で勤務医を確保することは過疎地の病院よりは容易であるが、診療の質、量に対して十分な医師が確保できているわけではないので、診療科によって勤務医に負担の差がある。

過疎地における勤務医の供給は医局の責任において維持されていた地域もあったが、次第に困難となっている。都市の過密と地方の過疎は国全体としても好ましい状態ではなく、種々の対策が取られてはいるが解決されておらず、過疎地における医師不足も重要な問題である。

勤務医の日常勤務と密接に関連する医師不足の問題のうち、診療科別ならびに地域差による医師配置の不均衡を改善するために有効な方策を提案してみたい。

(1) 医師会ドクターバンクの活用

現在、いくつかの都道府県医師会で運用されているドクターバンクを全国に広め、統一的に運用してはどうであろうか。ある地域では不足している診療科の専門医が、全国的にみれば十分に存在することもあり得る。このため全国に共通の医師会ドクターバンクが活用されれば、不足地域で必要な医師が得られる可能性もある。

また、今後、新医師臨床研修の定着と相まって、大学医局には頼らないで、独自に勤務先病院を探す医師が増えると思われる。この際、初期研修に導入されたマッチング制度に倣い、日本医師会が全国規模でドクターバンクに対して緻密で組織的な運営、特に就職後のサポートを行えば、医師会の存在価値の一面として医師会へ入会する動機の一助となろう。

(2) 新医師臨床研修制度(臨床研修義務化)による効果と基本的総合診療実践の義務化

新医師臨床研修制度が開始されることにより、大都市の病院と大学病院に集中していた研修医が地方の一般病院へも分散するようになるので、今までよりは、地方と一般病院での医師確保が容易になることが期待できる。また、2年間の研修では内科、外科、救急部門(麻酔科を含む)を基本研修科目とし、次いで小児科、産婦人科、精神科、地域保健・医療を必修科目として研修することになり、これらの診療科の医師不足問題は軽減することになる。専門領域の診療しかしない医師の増加が国民から否定されて、新臨床研修制度が始まるわけであるから、軽症の患者はその科の専門医でない医師も診療することを是とする認識を定着させる必要がある。専門科の診療しかしない勤務医の多い病院では、病院機能を維持するためには多数の医師を必要とするが、関連する科の診療もできる真の専門医が増加すると、比較的少人数でよく、医師不足問題も軽減するであろう。

2年間の研修終了後、多くの医師は専門医としての診療能力を深めていくことになるが、この研修で得た基本的総合診療能力を維持することが重要であり、その仕組みを考えておく必要がある。全人的な幅広い診療能力を実践することが必須である過疎地域で、1年以上保健・医療等の仕事に従事した医師のみが、診療所を開設したり、病院の管理者(院長、副院長)や大学医学部の臨床系教授(助教授、講師を含む)になることができる制度の新設を提案したい。ここで、過疎地域の指定は、厚生労働省が医師会と協議のうえ決定し、従事する場所と時期は各医師の希望によればよい。この基本的総合診療の実践を推進する制度の効果は、1)専門医として活躍している間も、過疎地域において特に必要な基本的総合診療能力を維持することが期待できる。2)多くの医師が大病院のみならず、過疎地域の小病院や診療所での経験をすることにより、医療連携の理解が深まる。3)過疎地域にも基本的総合診療能力を持った専門医が交代で医療・保健等を実践することになるので、過疎地における医師不足問題が軽減し、医師に対する国民の信頼を回復させることにもなる。ひいては、過密・過疎という国全体としての重要課題の解決の緒になるだろう。

さて、医学部の学生教育は急速に進歩しており、新臨床研修制度のプログラムの一部を医学部卒業時までに修得できるようになれば、卒後の臨床研修がさらに充実するであろうし、比較的早い時期に専門的研修も取り入れることができるかもしれない。専門診療能力を深めていきながら幅広い基本的総合診療能力を維持することは国際的評価に耐え得る専門医の必須条件であるので、過疎地域での基本的総合診療実践義務化の制度は続けるべきである。

2.医師の労働過重と長時間労働の問題

医学、医療の進歩、高度化により、医師の仕事量は増加するばかりであるが、わが国の低医療費政策の続くなか、病院における勤務医の増員は実施し得る環境になく、医師の労働過重や長期間労働が余儀なくされている。

医師としての診療に関わることももちろん多いが、近年特に医療周辺の仕事もとみに増加している。

欧米であれば、当然、他職種の仕事であることも含めて、最近はオーダリング入力、外来の予約、患者の呼び込みから、入院治療計画書、退院療養計画書、インフォームド・コンセントの証明内容の記載、さらには輸血説明書、特定生物由来製品説明書等書類の記載が求められ、さらに介護保険主治医意見書、特定疾患意見書、生命保険証明書など文書類の作成に多くの時間を費やさざるを得ない。

週平均の労働時間も長く、終業時刻はあってなきが如しである。当直はあるし、帰宅しての呼び出しもある。インフォームド・コンセントの説明も患者・家族の希望によって、終業時刻以降や土曜日、日曜日など時間外に日常的に行われているのが実態である。

さらに当直では、十分な睡眠時間が取れないのが日常化しており、しかも、当直翌日の勤務は平常どおりである。この場合、連続32時間強の長時間労働となる。

このように勤務医のおかれている過酷で厳しい状況は、早急に解決されなければならない。当直勤務の実態が、労働基準法に照らして問題視されている昨今の情勢から、緊急に対策を必要としている。このような現状では、質の高い医療、安全な医療を推進するうえで大きな問題となる。

医師の7割近くを占め、医師会員の約半数を占める勤務医のかかる状況の改善は、国民的視野に立って行われるべきであり、医師会としても優先課題として取り組むべきであろう。

医のあるべき姿を実践するための医師の勤務配置が望まれるが、病院内の業務ならびに地域における医療連携システムの見直しと再編成を図るとともに、医師会内の人的補完体制なども検討に値しよう。

適正な医師の勤務配置が可能となれば、医療安全につながるとともに、より良質な医療の提供が可能となるものと思う。

3.女性医師の抱える問題

医学部の女子学生の増加に伴い、近い将来、女性医師の数は男性医師を凌駕する可能性があるという文部科学省の調査結果がある。数が増えているにも関わらず、封建的な医学界ではまだまだ女性医師の活躍の場は少ない。大学や研究施設の教授職、メインスタッフは男性医師に大きく占められており、何より日本医師会の役員、代議員の男女比をみるだけでこのことは歴然としている。女性医師であることは、それだけでハンディである。

この問題に関しては、医師としてのキャリアと家庭、子育ての両立に対する環境整備のなさが言われて久しいが、果たしてそれだけであろうか。要は女性医師本人の仕事に対する情熱、モチベーションの問題が大きいことも否めない。周囲の理解や環境が整備されていないことは、わが国の現状では一朝一夕には解決できない問題であり、男女雇用均等法は医学界には当てはまらないのである。未だ公然と「女医は歓迎しない」と謳った医局が存在したり、保育園を併設した病院が少ない現実、また夫婦で医師であっても、夫の仕事が優先で男性医師が育児休暇を取ることが皆無とも言える日本社会では、もはやこれを嘆いているだけでは時間の無駄にしかならない。そのような環境の中においても、自分が医師としてのキャリアを捨てずにすむにはどうしたらいいかを自身が考えていく必要がある。家庭や体力を理由に当直を免除してもらったり、負担の少ない診療科ばかりを選択する女性医師が多いことは男性医師優位を助長するだけである。

結婚や出産が自己のキャリアを妨げると思えば、非婚、子供を産まない選択はできる。公の保育園が子供を預かってくれないなら、無認可を選ぶか、お金を使ってベビーシッターを雇うようにする。また母校であっても女性医師の活躍を阻止するような体質を持つ医局を選ばない。そういうことを女性医師自身が考えるべきである。

一方、昨今「女性外来」が大流行であるが、これも女性医師の生きるべきチャンスの一つではある。確かに「女性の患者が男性医師には相談しにくいことを相談する」という程度のレベルなら、女性医師のよい働き口にはなろう。しかし、この「女性専用外来」は二つの面で輝かしい未来ばかりではないと言える。一つは患者側も賢くなり、専門性を追求するようになっていることによる。結果として単に女性医師をおいておけばいいというデパートの総合受付的存在では受け入れられなくなってくる。ここの女性外来は、どういう疾患が得意で、治療や診察にどのような特徴があるのかということが求められる時代はそう遠くない。今更のように「女医」だけを売り物にし、後は個々の外来に振り分けるといった総合受付的外来は淘汰され、近い将来、独自の専門性を持つか、何にでも対応できる知識と診断技術を持つ女性医師によるものかのどちらかの外来が生き残っていくだろう。すなわちこれが二つ目の問題ともなるが、女性医師の就職口としての女性外来は、このままの女子医学生の増加による女性医師過剰時代には、やはり医師の資質により選別されることは必至であり、自己の鍛練と勉学にかかってくることは自明である。

女性医師であれ、男性医師であれ、医師である以上、患者の生命、人生を預かる覚悟がなければこれを続ける資格はない。勉強ができて、成績がいいから医学部に来てしまったり、世の中の不況をみて「手に職を」という感覚で医師になってしまった人種は、もう一度考え直すべきであり、そういった受験戦争の産物的医師の減少は医療ミスを防ぐことにもつながる。

しかし、このように女性医師ばかりに責任を押し付けていては医師会の存在意義はない。女性医師が働きやすい環境の整備や、産休、育休などで女性医師が休んでいる間の病院側への補充システムの確立、休んでいる側が病院との接点を切らず復帰をスムーズに行えるような配慮、医師会による保育園の創設、女性医師の心身両面からの健康管理、カウンセリングの実施、就職の斡旋など、やるべきことはいくらでもある。理事など医師会の中枢機関に世代を超えた女性医師を登用して、女性の感覚ですべきことをしていかなければ、ますます医師会離れは進み、女性医師の未来は暗いものとなってしまうと言えるだろう。

IV.勤務医の医師会活動推進のために
1.勤務医自身の医師会員としての認識

昨今の医療変革期においては、勤務医が医師会員である認識を深め、共通の理念と目的意識を持って医師会活動に協働すべきであることは疑う余地もない。そのためには、医師会の内情を見極め、いかに医師会の理念と目的に適うことができるかを認識すると同時に、医師会組織をしっかり把握し、勤務医も、開業医との垣根を意識せず、積極的に医師会活動に参画する姿勢が重要である。

勤務医は、所属している医療機関によって、多少立場を異にする面もあるが、共通した多様な課題を抱えており、医師会会員として互いに協力し合い、連携し合うことが求められている。そのうえで、勤務医自身、医師会活動への積極的参画を通して、これらの課題を解決するための政策提言を行うとともに、開業医会員も、これら勤務医の持つ特有の課題について深く理解し、ともに解決へ向け努力すべきである。

今やわが国全体が変革の時代に直面し、高齢人口の増加も相まって、医療・福祉の世界にも大きな構造変化が始まっている。この現状に即応して、勤務医も医師会員としてのきちんとした自覚を持ち、わが国の医療の正しく進むべき方向を見極める必要がある。さらに、医の倫理・理念を持って、国民の健康が維持され、患者が安心して安全な良い医療を受けられるよう、勤務医、開業医ともに共通の認識を持って地域医療にあたるべき時期が到来している。

2.医師会の意思決定機関への積極的参画

(1) 医師会における勤務医の参画

わが国の医師の約7割が勤務医であるが、勤務医の医師会への組織率は約4割にすぎない。日本医師会会員において開業の医師と勤務医との比率をみると、勤務医は47%を占めているにもかかわらず、日本医師会の代議員における勤務医の割合は5.6%、都道府県医師会の代議員は14.7%にとどまっている。代表が選ばれる仕組みにも問題があると思われるが、医師会の姿勢、勤務医自身の側にも原因があるだろう。

代議員の選出は選挙によるが、各地域において医政に熱心な実力者が選ばれていると思われる。代議員に選ばれることは大変名誉なことである。しかし、勤務医にとっては関心が薄く、代議員に立候補しようという意欲もみられない。これでは勤務医の意見が十分に反映されるわけがない。

会員における勤務医の比率と同じ比率で代議員も選ぶべき、という意見もあるが、そうなったとしても今の勤務医の態勢では、代議員会での勤務医の席は空席ばかりになりかねない。専門学会への出席は病院から認めてもらえても医師会への出席となると、勤務時間中に出かけるのはなかなか難しい現状がある。本人の熱意、自己犠牲、周囲のサポートがあってはじめて可能になる。医師会活動は、診療報酬、医療安全対策、臨床研修制度など病院経営、病院運営にとって重要な事柄である。専門学会同様、医師会への参加も勤務医にとって必要なことである、というコンセンサスの構築がまずは必要である。

さらに、勤務医自身の側の問題は、大多数の勤務医が医師会活動に無関心なことである。その理由は、医師会は開業医の利益擁護団体であると誤解していたり、目の前の患者を診ることに専念し、専門分野の知識の吸収に最大の関心を持っていることなどもあげられよう。

医師会の側の問題は、従来あまりにも開業医中心の活動を行ってきたことである。このように医師会側の要因だけでなく、勤務医のおかれている立場や勤務医自身の自覚、意識の問題もあり、解決の道筋は難しいが何とか克服しなければならない。

(2) メリットではなく、活動への参画が日本の医療を良くするとの視点

医師会に入会するとどんなメリットがあるか、とよく言われるが、メリットのために入会するのではなく、医師会活動への参画が日本の医療を良くしていくのだ、という視点が重要である。

これまでの日本医師会の多くの活動により、勤務医もすでに十分恩恵を受けていることを認識しなければならない。

平成14年度の診療報酬のマイナス改定にもみられるように、医療政策が直接勤務医の診療内容に影響する。また、今回の新医師臨床研修制度においては、大学病院のみならず、多くの病院の勤務医が直接関わることになる。女性医師の増加に対する適切な対応も必要である。日本医師会が強く反対している株式会社の医療への参入、医療特区、混合診療なども繰り返し議論の俎上にのっており、国民にとってより良い医療制度がいかにあるべきかについて、一人一人の医師が考えなければならない時代になっている。しかし、一人の医師が個人でいくら声をあげても意見が通らない。医師会という組織を通じて声をあげれば強い力となって政策の決定にも影響力を持つことができる。そのためには、多くの勤務医が医師会活動に関心を持つことが必要である。

先に述べた勤務医の労働過重と長時間労働の問題においても、勤務条件、医療安全、病院経営の三者がうまくいくような医療システムの構築が急務である。このことは個々の病院の中でいくら議論しても解決できるものではない。医師会こそが、国に働きかけ、国民の同意を得て、解決に導くことのできる組織であると考える。

病院と勤務医が連携して医師会を通じて医療体制を変えていくという視点に立って、病院側が勤務医をさまざまな機会に医師会活動に出席させるような体制に持っていくべきである。

(3) 医師会も勤務医の視点をとりあげるべき

医師会の会員数の約半数は勤務医でありながら、医師会は従来開業医中心の活動を行ってきた。医師会は意思決定機関(代議員会)や理事会において、多くの勤務医がいる方が、より幅広い議論が行われ、広い視点での方針決定がなされるのではないかと思料される。勤務医と開業医は車の両輪であり、同じ立場で協議をすることにより良い議論ができるようになる。勤務医が医師会活動へ多方面に主体的に参画できるよう、医師会組織、部会・委員会等の構成ならびに活動内容に、今後、積極的な見直しを行い、時代の要請に応えてゆける医師会づくりを行う時期が到来している。このことを通して、勤務医の医師会活動へのより一層の積極的参画が得られると考える。全会員が医師会に対し強い帰属意識を持ち、強い結束力で医師会の理念・目標に向かって力を尽くすことが肝要であり、そのためには、さらに一層の勤務医自身の意識改革が求められる。

まとめ
  • 1.
    医の倫理を医療改革の理念的背景とし、勤務医も大いに提言をしていくべきであるし、そのチャンスでもある。
  • 2.
    良い医療、安全な医療を行うには、患者と医師の相互信頼と共通の目標認識が前提となる。21世紀は、患者と医師の関係を再構築する世紀である。
  • 3.
    医師の倫理性こそプロフェッションとしての価値を決める最重要な要素である。
  • 4.
    勤務医は、生涯教育において、教育を行う側、受ける側、双方向での役割が重要で、さらなる努力が求められる。
  • 5.
    新しい臨床研修制度においては、何としても良き医師を育てるという強い信念が重要である。
  • 6.
    医師の適正配置について、過疎地域での基本的総合診療実践義務化の制度を提言した。
  • 7.
    医師の過重労働、長時間労働の問題は深刻である。医療安全の視点からも対策は急務である。
  • 8.
    女性医師が働きやすい環境の整備も、今や議論の段階ではなく、できるところから進めていくべきであろう。
  • 9.
    勤務医が医師会活動に積極的に参画していくためには、まず、医師会構成員としての自覚が求められるが、何よりも、医師会の理念や目標を正しく認識することである。
  • 10.
    医師会も、勤務医の視点や価値観を重視すべきであり、医師会の意思決定機関への門戸を広げるべきである。

上医は国を医すと言われるが、今こそ、政(まつりごと)を医すことが重要だと強く実感される。

勤務医が、国民医療を守るという視点で、医政活動に参画していくことで、勤務医自身もさらに意識改革をし、医師会変革の推進力としての役割も果たし得るであろう。