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令和5年(2023年)10月5日(木) / 日医ニュース / 解説コーナー

コロナ禍における欧州の医療の実態(その2)

ビュルガー夫妻の診療所ビュルガー夫妻の診療所

ビュルガー夫妻の診療所ビュルガー夫妻の診療所

 2023年5月末から2週間にわたって欧州3カ国(英独仏)を訪問調査した。前回紹介したイギリスは、かかりつけ医制度の代名詞とも言うべきジェネラル・プラクティショナー(以下、GP)制度を擁しているが、それがコロナ禍においては有効に機能しなかったことを説明した(別記事参照)。前回のイギリスに引き続き、2回目の今回はフランス、ドイツの事情を中心に報告する。
 まず、イギリスと似たような状況となったのが、コロナ初期のフランスである。フランスもイギリスと同様にかかりつけ医の登録義務を国民に課している国だ。フランスには、医療的な緊急事態が発生した場合に国民及び医療機関が取るべき行動を定めたplan blanc(ホワイトプラン)と呼ばれる行動計画がある。2020年2月末に東部フランスでこれが発令され、3月半ばに全国に拡大された。その中で、政府は国民に対し「あなたのかかりつけ医には行くな。15番(救急)に電話せよ」と指示した。
 その結果、流行の開始と同時に病院の救急外来、そして病院そのものの機能がコロナで飽和する事態となった。その一方で、かかりつけ医診療所は開店休業状態となったり、一部では医師自身が診療所を閉鎖してしまったりした。ここまでは、イギリスのGP診療所で起こったことと同じである。
 フランスが興味深いのは、かかりつけ医療を担当するmédecin généraliste(総合医)の中から、「コロナの大半は軽症だから自分達にもできる仕事がある」と声を上げる者が出始めたことだ。そのような声は、第1波が収束するまでに大多数となり、総合医の学会が声明で政府の指示を批判した。これを受けて政府も先の指示を撤回し、第1波収束後は、病院以外の診療機能が重視されるようになった。そして、残りのコロナ期間においては、むしろかかりつけ医の受診制約や支払体系は停止され、誰でもどこでも受診できる日本型のフリーアクセスと同様の受診制度が採用された。
 このような軌道修正により、病院への負荷が軽減された。病院関係者のヒアリングでも、大変だったのは第1波のみだったとの見解が示された。
 そして、コロナとかかりつけ医の関係で更に興味深いのは、ドイツだ。ドイツは他の欧州諸国に比べてコロナの死者数が少なかった。しかし、それでも人口当たりの死者数は日本の3・5倍である。そう聞くと、医療現場はさぞかし混乱を極めただろうと思われるが、ドイツの医療関係者、とりわけ病院関係者に話を聞くと意外にも状況はそれほど深刻ではなかったという。
 これは、イギリスやフランスの病院関係者が、思い出すのも憚(はばか)られるといった感じで、当時の大変な状況を振り返るのとは明らかに違う反応だった。

231005m2.jpg 実際にドイツでは、最も感染が猛威を振るっていた時期に周辺国から重症患者を受け入れた。それでいて、通常医療への影響もほとんどなかったという。ロンドンで50%、パリで80%の病床がコロナに振り向けられ、予定手術が数カ月にわたって延期されたのとは全く状況が異なっていたようだ。
 その理由を聞くと、地域の開業医がコロナ診療の95%を引き受け、病院に患者が殺到する事態が避けられたとのことであった。このことを現地の関係者らは「開業医が防御壁(schutzwall)になった」と表現した。
 このドイツの経験は、今後の感染症危機対応を考える上で極めて重要だ。コロナを始めとする新興感染症への備えを議論する場合、とかくいかにして受入病床を(強制的に)確保するのかという議論に傾きがちだ。
 しかし、必要な機能を効率的に活用するために、重症者のための医療資源を軽症者によって消費させない方策が何より必要である。それがなければ、多くの予算を投じて機能し得る病床を多少確保したとしても、ひとたび流行が起これば、あっという間にそのリソースは消費されてしまう。
 日本でも重症化率が高かった第1波においてさえ、ICU入室が必要だったのはたかだか5%程度と言われていた(『診療の手引き』第2版)。すなわちほとんどの患者は急性期病院で受け止める必要はなかった。このことは、感染症危機対応のポイントが、問題を有事として扱うのではなく、通常の診療体制の中でそれを処理できるのかという点に掛かっていることを示している。
 ここで、イギリス、フランス、ドイツのコロナ対応に、かかりつけ医がどれほど貢献したのかを総括したい。
 まず、イギリスのかかりつけ医制度を担うGPはコロナの対応にほとんど役に立たなかった。そのため急性期病院に負荷が掛かり、欧州で最悪レベルの死者を出したばかりでなく、通常診療に大きな影響を及ぼした。このことはコロナ前に既に400万人程度であった入院待機患者を700万人を超えるまでに悪化させ、日常的に医療崩壊しているとも言える状況を生じさせるに至った。一部のGPは自分の診療所ではなく、ホットハブ/コールドハブと呼ばれる臨時診療所を立ち上げ、かかりつけ診療とは無関係に外来診療業務を行うこともあった。
 フランスは、第1波こそイギリスと同様であったが、医療者自身の声でコロナ診療を通常医療の中に取り込むよう軌道修正した。結果として、コロナによる人口当たりの死者はイギリスよりも25%程度少なく済んでいる。ドイツは、初めから地域の開業医が「防御壁」となり、病院機能を守った。その結果、欧州では最も少ない死亡率であったばかりでなく、周辺国の負荷も請け負った。
 コロナ禍において、日本の医療提供体制が十分機能しなかったとの指摘がある。もちろん、改善すべき課題はあるが、人口当たりの死者数は低く抑えられた。外来、入院共に役割を果たした医療機関があることも事実だ。その一方で、国民に対し、かかりつけ医の登録を求め、受診医療機関を限定している国で、コロナ対応が決してうまくいかなかったことは、大きな教訓にしなければならない。
 また、未知の感染症に対し、初期段階で封じ込めを目指すことは理にかなっている。しかし、その後の知見の蓄積から封じ込めが困難と判断された場合には、より多くの医療機関が対応や治療に参画することが必要であり、国も方針変更を適切に判断しなければならない。
 そのような事態に備えて、なるべく多くの医療機関が自施設で対応可能な医療提供範囲の拡大に、平時から取り組むことが求められる。

(日医総研主任研究員 森井大一)

お知らせ
 今回の欧州医療調査団の調査結果の詳細は、後日、報告書として取りまとめ、公表する予定となっています。ぜひ、ご一読願います。

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