医師への軌跡

自分の経験から、「辞めない」ことの大切さを
後輩たちに伝えています
蓮沼 直子

女性医師や女子医学生の支援

――先生は、全国各地に出向き、ワーク・ライフ・バランスや女性医師支援に関する講演などで積極的に情報発信をしていらっしゃいますね。大学では普段、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

蓮沼(以下、蓮):皮膚科医として、大学病院での臨床に携わりながら、医学生のキャリア教育、研修医や産休中の女性医師の進路や働き方の相談に乗ったりしています。また、女性医師と女子医学生が集まる少人数制のランチ会を主催しています。進路の相談だけでなく、恋愛や結婚の話、子育ての話など、実習では聞けないような内容を話せる会で、学生からは非常に好評です。結婚や出産・育児と仕事との両立に不安を持っている女子医学生は多いので、先輩たちの様々な体験談を聞いたり、自分の将来を改めて考えたりする機会は重要だなと感じます。

自身のブランクの経験が契機に

――先生がそうした活動に力を入れるようになったのは、どういう経緯からでしょうか?

:実は私、4年程、完全に仕事を離れて専業主婦をしていた時期があったんです。留学先で長男を出産して、帰国後、仙台という初めての土地ですぐに2人目が生まれたこともあり、少し様子を見ようかな…という軽い気持ちでした。けれど、いざ復職したら、すごく大変でした。「こんなに大変だなんて誰も教えてくれなかったじゃない!」と思いましたね。そこで、仕事も落ち着いた頃に「私がそういうことを後輩や医学生に教えておかなければ」と考えたんです。

――復職で大変だったのは、どのようなことでしたか?

:まず、当時は育児中でもフルタイム以外の働き方がほとんどなかったことです。ですから、学費を払って、「研究生」として入局しました。その頃、長男は幼稚園と延長保育、次男は保育園に預けていたので、お金もかかります。収入もないのに学費と保育費を払わなければならず、経済的に大変でした。

研究生として通ううち、週3回程外来の手伝いをすることになったのですが、外来に出てみると留学前になかった新しい治療薬が出ていたり、治療のスタンダードや疾患概念すら変わっていて、非常に焦りました。医師は手に職だという感覚があり、のんびり離職していましたが、医学はすごいスピードで進歩していたんです。

職場の教育体制はしっかりとしていたため、とても勉強になりましたが、このままで胸を張って皮膚科医を名乗れるのだろうかという思いがありました。この思いはアトピー外来という専門外来に関わるようになり、より強くなりました。当時の働き方では一人の患者さんを継続して診ていくことが難しく、専門医取得ができなかったんです。

――そこで、フルタイム勤務に戻って専門医資格を取得するために、出身である秋田大学に戻られたのですね。

:はい。当時6歳と3歳の2人の子どもを連れて出身校である秋田大学に戻りました。秋田大学の教授に復職の相談をしたところ、「歓迎します」とのお返事をいただいてほっとしたのを覚えています。両親に子育てのサポートをしてもらいながら、皆と同じように外来も病棟も当直も、すべて勉強し直すつもりで働き始めました。

けれど、業務についていくのはとても大変でした。特に病棟では経験が足りないうえに、久しぶりの当直や手術。しかも医局で年次が上の方になってしまった私は、後輩の指導もしなければならない。隠れて必死に勉強しました。経験が足りないというコンプレックスは今も引きずっています。でも自分ではこれが勉強のモチベーションになっていると思っています。

――そうした経験が、現在の活動につながっているのですね。

:はい。経験してみて初めて「辞めないほうがいい」と気づいたんです。週1回でも勤務を続けていれば、新しい治療薬や治療法などの情報は得られる。だから、少しずつでもいいから、できる限り仕事は続けてほしいと思います。

医師免許は国家資格だし、手に職だと言うけれど、患者さんに対して自信を持って良い医療を提供するには、ブランクはないほうが良いと身をもってわかりました。だから私はこのことを後輩にも伝えていこうと、様々な活動をしているんです。

働きやすい・辞めないの先へ

――先生の今後の目標を教えてください。

:今年は、医療界に「イクボス *」の風を起こすことを目標にしています。若手医師のワーク・ライフ・バランスの実現のためには上司の理解が不可欠です。秋田県でも、イクボスセミナーを企画しました。

近年は、時短制度などもずいぶん整えられており、働きやすさは改善されています。今後は、働きやすい・辞めないだけでなく、専門性を持ち、プロフェッショナルとして患者さんや同僚から信頼され、自信を持って後輩を指導できる女性医師を育成していけたらと思います。私たちの活動によってそれができる土壌を整えていきたいですね。


*イクボス…職場で共に働く部下・スタッフのワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の両立)を考え、その人のキャリアと人生を応援しながら、組織の業績も結果を出しつつ、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司。

蓮沼 直子
秋田大学 総合地域医療推進学講座
寄付講座 准教授
1994年秋田大学卒業。1997年にアメリカへ留学し、第一子を出産。帰国後、数年間のブランクを経て仙台で復職。その後専門医取得のため秋田大学へ戻る。現在は皮膚科医としての勤務に加え、医学部でのキャリア教育、働きやすさと専門性の両立を推進するための活動を行っている。2014年には秋田県「男女共同参画社会づくり表彰」のハーモニー賞を受賞。

No.17