case study②地域と密接に関わる学校医(前編)
「生きる力」を身につけさせる
更別村では、思春期前後の子どもたちに「ライフスキル」を身につけてもらうことを目的として、学校保健活動の一環として「さらべつほーぷ」という活動を行っています。更別村国民健康保険診療所の所長であり、村内の学校医を一手に引き受けている山田康介先生にお話を伺いました。
北海道河西郡更別村
更別村は、帯広市の南に位置する、人口3000人余りの小さな村。村名の由来はアイヌ語の「サラベツ」(「蘆が茂る沢」)。総面積の70%を耕地が占め、農業の大規模化・機械化が進む。主産物はじゃがいもや小麦、豆類、甜菜など。
ライフスキルを育む出前授業
山田先生が「さらべつほーぷ」を立ち上げるきっかけとなったのは、日頃から乳幼児健診などで交流のある保健師から「未婚で母子手帳をもらいに来るお母さんが増えている」と相談を受けたことでした。
「私自身、普段の診療や学校医活動を通じて、気になっていたことがありました。それは、村外の学校に進学し、成人して帰ってきた子たちの中に、生活習慣が乱れている子が非常に多いことです。肥満気味だったり、喫煙していたり、予期せぬ妊娠をしてしまったり…。中学生までは皆、素直でいい子だったのに、なぜそうなってしまうのか。考えた結果、『田舎で純粋に育った更別の子たちには、外の刺激の強い世界に触れたとき、友達の悪い誘いを断ったり、メディアの情報を吟味する力が足りないのではないか』と思い至ったんです。」
状況を何とか改善できないかと調べるうち、山田先生は「ライフスキル*」という考え方があることを知りました。
「すると偶然、保健師さんも同じようにライフスキルに注目していたんです。じゃあ二人で何かやってみようという話になり、『さらべつほーぷ』の活動が始まりました。
具体的な活動としては、学校で出前授業を行うなどしています。例えば次回は中学校の授業に出向いて、対人スキルを学ぶグループワークを行う予定です。このワークでは、他人から何かに誘われたときを想定して、選択肢を洗い出してそのメリット・デメリットを検討し、よく考えてから答える"stop‐think‐go"という枠組みを学びます。」
実積を積み上げる
「さらべつほーぷ」の仲間は徐々に増えていきました。保健福祉課で勉強会を行った際にソーシャルワーカーが一人加わり、その後も高校の養護教諭が一人、高校の国語教諭が一人、子育て中のお母さんが数人…と加わって、現在は六人で活動しているそうです。
ただ、「さらべつほーぷ」の出前授業を、中学校の時間割の中に組み込めるようになるまでには、時間がかかったと言います。
「学校は、非常にタイトなカリキュラムの中で授業をしており、新しい試みのためにわざわざ時間を作ることは非常に難しい様子でした。そこで私たちは、小学校のPTAで研修会を行ったり、自分たちで場所を借りてワークショップを開き、地域の子どもたちを集めたりして、少しずつ実績を作っていきました。その実績を持って校長室などへ足しげく通い、提案を繰り返したことで、3~4年かけてようやく中学校で出前授業を持てるようになりました。」
「さらべつほーぷ」の皆さん。
*ライフスキル…WHOによれば、「日常の様々な問題や欲求に対し、より建設的かつ効果的に対処するために必要な能力」と定義されている。例えば、情報を吟味して、良いか悪いかを判断する力や、友人に誘われても、自分の気持を大事にして上手に断る力などが挙げられる。
case study②地域と密接に関わる学校医(後編)
地域のかかりつけ医として
現在、「さらべつほーぷ」の活動がうまくいっているのは、学校医であることよりも、この地域のかかりつけ医として、日頃から住民と良い関係を築けていることが大きいと、山田先生は言います。
「この村は小さく、ほぼ全ての子どもの乳幼児健診を私が一手に引き受けているため、地域の保護者は皆、私のことを知っています。学校の先生にとっても、私は『学校医』というより、『生徒たちを赤ん坊の時から知っている先生』です。さらに、『さらべつほーぷ』のメンバーは皆、私も含めて、地域で子育てをするお父さん・お母さん仲間でもあります。互いに一人の住民、一人の親として、子どもたちにこうあってほしいという思いを持って地域に働きかけられるのが、この活動の長所だと思います。」
山田先生は今後、地域の他のサークルとも連携していきたいと考えているそうです。
「活動を続けるうち、障害のある子どもたちのお母さんの会や、子どもの遊び場を作るボランティアの『おやじの会』など、様々な会が地域で活動していることを知りました。今後は、私たちも地域のリソースの一つとして、こうした活動と連携していきたいですね。最終的には、みんなで地域の子どもたちが元気に暮らせるようなまちづくりができたらと考えています。」
地域包括的な関わりの中から
私はずっと、「町医者になりたい」と思っていました。北海道の田舎町で生まれ育ったからか、医師といえば「町のお医者さん」のイメージしかなかったのです。大学に入って初めて、医療が高度に専門分化されていることを知った私は、どうすれば町医者になれるのだろうと途方に暮れました。そんな時に出会ったのが、プライマリ・ケアの世界でした。プライマリ・ケアの考え方、そしてそれが専門領域として確立されつつあることを知った私は、一も二もなくその世界に飛び込んだのです。
初めて更別に来たのは卒後4年目の頃でした。無医村になった更別での診療所立ち上げを突然任され、戸惑いつつも診療を始めると、わずか半年で思いのほか患者さんが増えていきました。「今度来た先生は色々診てくれるらしい、とりあえず行ってみよう」と、地域の方々が集まってくれたことは嬉しかったです。その後、研修で一度更別を離れましたが、「更別を家庭医療学におけるモデル地域にしたい」という思いで、2002年に所長としてこの村に戻ってきました。
それ以来、二つのことを心がけてきました。一つは「しっかり診療する」ことです。診療によって、患者さんと、患者さんを送る先の専門医の信頼を得ることが何よりも大切ですから。二つ目は、敷居を下げることです。プライマリ・ケア医とはどんな医師なのかを伝えたり、「この地域のことを教えてください」と色んな人に声をかけたり。やがて、保健師さんや専門医の先生から、予防接種や乳幼児健診の要望が来るようになり、気付けば保育園から高校までの学校医を引き受けるようになっていました。私自身も、子育て中のいち地域住民として、他の保護者の方や学校の先生方と関わっていることもあり、地域の皆さんとは「医師」と「患者」という垣根を越えた、顔の見える関係が築けていると思います。
山田 康介先生 北海道家庭医療学センター 副理事長 更別村国民健康保険診療所 所長
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- 特集:学校保健 医師は学校で何ができるか
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- 特集:学校保健において医師ができること
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- 「食べる」×「健康」を考える②
- 同世代のリアリティー:臨床心理士 編
- 地域医療ルポ:神奈川県横浜市中区|ザ・ブラフ・メディカル&デンタル・クリニック 明石 恒浩先生
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- 医師の働き方を考える:チームで負担も喜びもシェアしながら、大好きな栃木県で在宅医療に従事する
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