専門家に聞いてみよう―
自身の考え方を変える(前編)

男以上に男っぽい働き方から妊娠を契機に考え方が変わった

――先生は、研修医のころからタイム・マネジメントについて意識していたのでしょうか?

吉田(以下、吉):
いいえ、ほとんど考えていませんでした。研修医として働き始めたころは、「仕事さえ頑張っていればそれでいい」という環境で、朝から晩まで病院に缶詰、休みは月に3日ぐらい…という生活をしていました。男性社会の中で、「男以上に男っぽい」という気分で働いていましたが、結婚して子どもができたときに、意識がガラッと変わりました。
私は産婦人科医なので、子どもを産む時期についてはすごく意識していました。けれど早く産みたいと思って妊娠したら最後、職場での評価がすごく下がってしまったように感じたんです。誰かに代わりに仕事を頼まなければ回らない、当直も休日出勤もできない…となった途端に、罰を受けたような気持ちになって。現場にいられないだけで信頼が得られなくなることにすごく憤りを感じたんです。「こんなはずじゃないのに!」と苦しくて仕方がありませんでした。そこから必死で、「何をしたらうまくいくだろう」と考えるようになりました。留学したのも、その憤りが原動力になったんだと思います。
ただ、周囲にロールモデルになるような女性医師がいなかったこともあり、どんな働き方をすればいいのか、かなり試行錯誤しました。私はドイツで第一子を出産したのですが、ドイツでは子どもを持つ女性医師もいきいきと楽しく仕事をしていました。「子どもを産むのはいいことだ」「子どもを産むことで、人間としてレベルアップする」という考え方が社会全体に行き渡っていることにとても感銘を受け、帰国してからそのことをみんなに伝えたいと思って活動し始めました。医師だけでなく他のビジネスに携わる女性のあり方も積極的に学ぼうと、タイム・マネジメントやモチベーション・マネジメント、コーチングなどの本を読み、できるだけ取り入れていくようになったのもこの頃だったと思います。

他の人に仕事を任せることを前向きに捉えるようになった

――考え方の転換のポイントになったのは、どのような点だったのでしょうか。

吉:「人の力を借りるということは悪いことではない」と思えるようになったことでしょうか。もともと私たちって、人に頼ることにすごく抵抗を感じるように育てられてきた気がするんです。この前イベントで講演したときも、18歳の女子大生が「人に助けてと言えない、自分だけで抱え込んでしまう」と言っていました。でも、例えば私がやったら5時間かかることが、人に頼んだら5分でできることもあります。そういうときに、それを得意な人に任せて、自分は自分の得意なところだけに注力することも、タイム・マネジメントの方法のひとつだと思うんです。人にお願いするということは、弱さでも甘えでも、負けでもない。頼むことは信頼と承認の証なので、相手の自己肯定感を高めることにもつながるんです。これは、東日本大震災の支援でもキーワードとして出てきた「受援力」、人に援助を求め、サポートを受ける力にもつながることだと思います。

――子育て中の女性医師だけではなく、男性でも活かせる考え方ですね。

吉:はい。男性にとっても女性にとっても、「任せる」ということは技術のひとつなんですよね。スティーブン・R・コヴィー博士の『7つの習慣』という本にもありましたが、人はどうしても目の前のことばかりに気を取られてしまいます。特に医師には、目の前の課題ばかり解消しようとしてしまう人が多いと思うんです。急患が出たとか、急ぎで書類を作らなければならないとか、そういう仕事は確かに重要で緊急なことなんですが、人に任せられる場合も多いです。むしろ、今すぐにしなくてもいいけれど重要なことにこそ、自分にしかできないことがあり、それが長い目で見て自身の成長につながることも多い。だから、感謝の気持ちを表した上で人に頼み、自分にしかできない、長期的に重要な課題に取り組むことが、自身の今後のあり方には大きく影響してくると思うんです。


専門家に聞いてみよう―
自身の考え方を変える(後編)

同時並行で取り組むことでストレスは相殺される

――これから医師になる医学生に何かメッセージをお願いします。

吉:医学生のみなさんには、仕事と家庭、あるいは趣味など、何をやるにも同時並行が当たり前だという感覚を持っていてほしいなと思います。研修を頑張って、学位を取って…とひとつひとつやっていると、人生はあっという間に過ぎていきます。実は複数あったほうが、行ったり来たりしながら効率よく進めることができる場合も多いんですよ。仕事で身につけた社会性が家庭で活きることもありますし、仕事で溜まったストレスが家庭で解消されることもありますから。例えば私はボストンに留学している間、疫学統計という分野にはじめて取り組んだ上に、英語も不得意で、毎日「なんて自分は落ちこぼれなんだろう」と感じていました。ですが、子どもたちにとっては私は唯一のお母さんで、保育園に迎えに行くと先を争って私を求めてくれていることにはとても癒やされましたね。やっぱり女性でも男性でも、何かひとつでもいいから仕事以外のものを持っているといいと思います。数が増えるとその分ストレスも増えるんじゃないかと思われがちですけれど、ストレスは相殺されるんじゃないかなと思います。同時並行でチャレンジすることを躊躇せず、いろいろなことが「マーブル模様」になっているのがあたりまえだと思っておけば、心が折れない人になれるんじゃないかなと思います。

吉田 穂波先生
国立保健医療科学院・産婦人科医
1998年三重大学医学部卒業。ドイツとイギリスで産婦人科及び総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は産婦人科医療と総合医療両方の視点を持つ新しいスタイルの医師として働く。その後女性の健康ケアや女性医療を向上させるためハーバード公衆衛生大学院に留学し公衆衛生修士号を取得。2012年より現職。4女1男の母。『「時間がない」から、なんでもできる!』(サンマーク出版、2013年)著者。

編集部からのコメント!

様々なことを同時に行って、気分転換!

学生のみなさんのなかにも、勉強に行き詰まったときに趣味の時間を設けることで、気分転換になったという経験のある人は多いでしょう。あるいは、部活の人間関係に悩んだとき、それとは全く違うコミュニティの友人と話してみたら、気が紛れたということもあるのではないでしょうか。
物事に真面目に取り組もうとする人には、何かひとつのことを頑張っているとき、そのこと以外に気をとられてはいけないと思ってしまう人が多いように思います。けれども、ひとつのことだけに集中していると、そこで溜まったストレスをなかなか発散できなくなってしまうものです。
吉田先生はインタビューの際、「昔は、うまくいかないことがあると、そればかりを考えてウジウジと悩んだまま時間が過ぎてしまっていた」と仰っていました。先生の場合は子育てがきっかけになって、悩んでいる時間がもったいないと思うようになったとのことでしたが、学生のうちから勉強だけなく、部活や学生活動、バイト、趣味など、様々なことを同時並行で行うようにすることで、悩む時間を他の時間に転換するスキルが身につくのではないでしょうか。
様々な活動を行ったり来たりすると、その分時間が取られるように思えるかもしれませんが、一方で溜まったストレスを他方で解消することができると考えてみれば、案外効率的な方法なのかもしれません。



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