医学生×教員 座談会
医師のキャリアを考える
~専門医とライフイベントに着目して~(1)

ここまで2号にわたり、新たな専門医の仕組みの制度面、そして専門医を取得した先生方のキャリアを紹介してきました。新たな専門医の仕組みは、「各専門領域において、国民に標準的で適切な診断・治療を提供できる医師」であることを最低限担保するものであり、医師のキャリアにおける一つのマイルストーンであることを理解していただけたかと思います。

一方で、専門医資格を取得する時期は、多くの医師、特に女性医師にとって、結婚・出産・育児などのライフイベントが重なる時期でもあります。このことを踏まえたうえで、医師のキャリアやワーク・ライフ・バランスについて様々な活動を行っている、秋田大学の蓮沼直子先生と東京女子医科大学の立石実先生をお招きし、医学生4人との座談会を開催しました。今後のキャリアにおいて不安に思うことや、研修プログラムに求めることなどを率直に語り合いました。

サブスペシャルティを取るのが大変!?

――まずは学生の皆さんから、新たな専門医の仕組みについて不安に思うことを挙げていただきましょう。

岩間(以下、岩):私は、以前女性教授のお話を伺った時の「出産・育児を経てもキャリアを重ねていくためには、サブスペシャルティを持ったほうが良いよ」という言葉が印象に残っています。確かに専門性を身につけている方が復帰に有利だと思うのですが、新たな専門医の仕組みでは、サブスペシャルティの専門医資格を取得するのには今までよりも年月がかかると聞いています。結婚や出産のことも考えると、やはりサブスペシャルティの取得は大変になるのではないでしょうか?

蓮沼(以下、蓮):確かに、基本領域の専門医を取ってからサブスペシャルティを取得という順になるので、資格を取るのに時間がかかる領域もあるかもしれません。ただ、新たな専門医の仕組みで言うところのサブスペシャルティは、内科の中の循環器分野といった、かなり大きな分野を指しています。おそらく、その先生が意図されていたのは「得意分野」の話だと思います。例えば、私は皮膚科医ですが、たまたま患者さんに巻き爪の患者さんが多かったので、色々と勉強して巻き爪に詳しくなりました。そうしたら、巻き爪の患者さんが私の所にたくさん紹介されてくるようになって、最終的には専門外来を開くまでになりました。私にとっての「巻き爪」のような、他の人にない強みを持っていれば、働き方に制約があったとしても、必要とされる人材になることはできると思うのです。

立石(以下、立):自分の得意分野を持つことができれば、自信を持つことができますし、キャリアアップにもつながります。これからは男女問わず、最低限の能力は専門医資格で担保したうえで、さらに何か自分なりの得意分野を見つけていくことになるのかもしれません。

:そう思います。得意分野やコミュニケーション能力など、医師として何をどう積み増していくかが問われるようになってくるでしょう。最初から興味がある分野があれば自分なりに勉強していってもいいと思いますし、私のように経験を積むなかで思わぬ出会いがある場合もあるでしょう。得意分野は複数あってもいいと思います。私もフットケアや漢方など、今も勉強を続けています。色んなことに前向きに取り組んでほしいですね。

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~専門医とライフイベントに着目して~(2)

出産・育児のタイミング、いつがいい?

――新たな専門医の仕組みでは、出産・育児・介護・自身の病気等の理由で研修を中断しても、中断期間が6か月までなら、症例数が揃えば最低年限で修了できます。特に学生さんの関心の高い出産・育児とキャリアの両立について、皆さんはどう考えていますか?

:私は出産後も仕事を続けたいと思っていますが、やはり出産前と同様に働くのは難しいのではないかと思っています。産休・育休はブランクにもなりますし、どこで休みを取るのがベストなのか迷っています。

:出産や育児のタイミングは、学生時代、臨床研修の途中、専門医を取ってから…など人それぞれですが、どのタイミングにも良い面と悪い面があります。生物学的には若いうちに出産する方が良いとされていますが、卒後すぐに出産すると「親」と「医師」という二つの役割を同時にスタートすることになり、負担は大きくなります。逆に、医師としてキャリアを積んでからであれば、仕事には慣れていて両立しやすいかもしれませんが、年齢とともに周産期のリスクは増しますし、体力も落ちてくるでしょう。

:ほかにも、若いうちに産むと自分の親も現役で子どもを見ている暇がないけれど、歳を取ってからだと親が引退していて、孫かわいさに親身に面倒を見てくれる…なんてこともありますしね。明確にこれがベストというタイミングはないですよね。

:何年目で結婚する、何年目で子どもを産む…などと具体的な計画を立てる人もいますが、実際に計画通りになることはあまりないでしょう。ただ、色々な方の話を聞いていると、結果的に「自分のタイミングでよかった」とおっしゃる方が多いです。それぞれのタイミングでパートナーを見つけ、子どもを授かって、その後のあり方を柔軟に変化させているんだと思います。

――新たな専門医の仕組みも、ライフイベントが起きるタイミングによって、キャリア形成が行き詰まることがないように配慮されています。

山田(以下、山):私は、中断期間があったら、その分だけ専門医の取得が遅くなると思っていました。そういう情報が、わかりやすく学生にも伝わると不安感も軽減されますね。

仕事にも子育てにも全力を注ぎたいけれど…

:私は、最近は結婚や出産のことも気になるようになってきました。もちろん出産後も仕事を続けたいのですが、育児が疎かになってしまうのではないかと不安です。というのも、私の母は「仕事の代わりはいるけど、親の代わりはいないから」と、それまで続けていた仕事をセーブしたそうなのです。私はそうやって育ててもらったのに、「自分自身は子どもより仕事を取るのか」と考えると、罪悪感を覚えることがあります。

:そう言う学生さんは多いですね。人は無意識に、自分の親のあり方をロールモデルにしてしまうところがあります。親御さんの働き方によっても印象が違うかもしれません。

:私は両親がずっと働いていて、母は私を産んだ時の2か月くらいしか休んでいません。そんな母が、子育ては手伝うからとにかく仕事は続けなさいと言ってくれるので、あまり不安に思ったことがないんです。むしろ、「子どもが小さいうちから保育園等に預けて、奥さんも働く」ということに対して、男性が不安を持っているのかなと思うことがあります。実際に多くの先輩方が、様々なサポートを受けながら働き続けているのに、それが可能だということがなかなか伝わらないことが問題なのかもしれないですね。

秋山:僕の周囲では、まだ低学年だからかもしれませんが、男性が女性に対して出産・育児とキャリアの両立に関する話をするのはタブーという雰囲気があります。でも、真剣に考えようとしている男性も実は多いんです。僕は、女性ばかりがライフイベントにキャリアを左右されるのはおかしいと思っているので、人生の重大な場面での決断はパートナーと一緒にできるようになりたい。そのためには、「女性医師の先輩の話を聴く」ような機会に、男性も積極的に参加することが大事なのではないかと思います。

:確かにその通りですね。男子学生の皆さんにも、ぜひキャリアやワーク・ライフ・バランスの体験談を聴く会に参加してほしいです。

:ちなみに女性医師支援の会合では、「医学部生には専業主婦のお母さんに育てられた人が多いため、『医師として働いていることによって、自分が親からしてもらったことを、自分の子どもにはしてあげられない』と悩む人が少なくないのでは」という話も出ます。

:医師としても100点、母としても100点を求めていると、正解が見つからないと感じてしまうでしょう。たとえ医師として60点、母として60点であっても、合計120点のことができているのに「自分はダメだ」と悲観的になってしまうのでしょうね。

――どんな働き方であっても、医師として100点を取るのは難しいですし、専業主婦だから母として100点になるわけでもありません。子育てに満点なんてないですしね。

:私なんて、0歳の時から保育園や祖母に育てられてきましたけど、一応ちゃんと育ってこられたのかな、とは思います。

:立派に育ってますよ(笑)。

:そうです。立石先生も子育てをしながら心臓外科医としても活躍しているし、私なんて一度は専業主婦になってブランクがあるけれど、その経験を踏まえて今ここに立っている。どの選択肢を選んだって、ちゃんと正解なんだと伝えたいですね。

龍田(以下、龍):そう言っていただけると、本当に勇気づけられます。私は、ブランクを作るのも怖いけれど、ブランクを作らないようにするためだけに「働き方の融通が利く」と言われる診療科を選ぶのも気が進まないんです。ちゃんと仕事もしたい、研究もしたい、専門医も取りたい、家庭も欲しい、と言うのはわがままなのかなと思って気後れしてしまうこともあります。

:いや、わがままを言っていいんです。もちろん、全部が思い通りにはなるとは限りませんが、実際に子育てしながら心臓外科医をやっている先生がここにいるように、頑張っていれば、意外となんとかなると思うんですよ。そういう「なんとかうまくやっている先輩」の姿を、一人でも多く見ておいてほしいと私は思います。たくさんのパターンを見ると、多様なあり方の可能性を感じ、きっと楽になるはずです。

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~専門医とライフイベントに着目して~(3)

医師たるもの、仕事を優先すべき?

:私は最近、医師は仕事が第一、その次に家庭という優先順位で生きていくのが当たり前だ、という価値観に違和感を覚えています。医師のワーク・ライフ・バランスについても、出産・育児・介護と仕事の両立の話題はあっても、趣味活動との両立の話を聞くことはほとんどありません。私は軽音楽のサークルに所属していて、働き始めてからも続けていきたい思っているのですが、育児のことなら理解を得られても、趣味活動の用事で早めに帰りますとか、休みをくださいとは言いにくい雰囲気だと感じるのです。

もちろん、私は良い医師になりたいし、そのための努力はしたいと思っています。「医師として最低限のことだけできれば良い」と割り切っているわけでは、決してありません。けれど、医師として成長するために、使える時間を全て注ぎ込めと言われるのは違う気がしてしまいます。

:最近は、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉から、徐々に「ワーク・ライフ・シナジー」という言葉にシフトしてきているようです。これは、仕事と生活が両方うまくいって、良い影響を及ぼし合うようなサイクルにしようという考え方のことで、ここで言う生活には子育てだけでなく、趣味や友達と過ごす時間も当然含まれます。これから管理職になっていく私たちぐらいの世代には、そうした価値観の多様性について肯定的にとらえようという機運もあると思います。

:いまだに「24時間ずっと病院にいて、修練するべき」とおっしゃる先生も少なくはないですが、これからは自分たちの価値観だけでは通用しないということに、徐々に気付き始めていると私も感じています。ただ、そういう先生方は、どのように変わっていけば良いのかわからず、戸惑っているようです。私たちくらいの世代が、うまく間をつないでいければ良いのでしょうね。

:医学生の皆さんは、古い考え方における「良い医師」像に縛られることなく、自分たちがどう生きていきたいのか、そのためにどんなシステムが必要なのかを考えて、発信していくことも大事なんじゃないかと思います。私たちも、それを支援していければ嬉しいですね。

本当に「良い医師」になるにはどうしたらいい?

:ここまでの話を聞いてきて、新たな専門医の仕組みが始まることで、「専門医資格の取得に必要なことはしっかりやって、ほかは自分の裁量で構わない」と考えられるようになれば、少し気持ちが楽になるかもしれないと思いました。

:とはいえ、経験を積んだ医師から見ると、専門医資格を持っていたとしても「このくらいはやっていないと医師として信頼できないよね」というラインがあるのも事実です。多様な働き方を認めたうえでも、信頼できる医師としてしっかりやってほしいという思いはあります。

:臨床能力の高い医師になりたいなら、専門医資格の要件以上のことも、たくさん経験しないといけないと思います。どんなに教科書で勉強しても追いつけないことがあるのは、ブランクを経験した私も強く実感しました。

――先生方のおっしゃることを聞いていると、新たな専門医の仕組みによってひとつのラインが示されたところで、「良い医師になるためには昼夜問わず研鑽を積むべき」という風潮は、これまでと変わらないような印象を受けてしまいます。そうした考えが根深く存在するのであれば、定時で帰る医師や、時短で働く医師が自信を失ったり、疎外感を味わったりする状況は変わらないのではないでしょうか。

:私もそう感じます。男女関係なく、医師として責任を持ってしっかり働きたいという気持ちはみんな持っていると思うんです。だから、もし専門医がひとつのラインだというなら、それ以上の経験を積むうえでも、男女が等しく活躍できるような制度を整えてほしいです。私も、生活を大事にしたい気持ちは持っていますが、決して向上心がないわけではないし、仕事は仕事と割り切っているわけでもありません。

:もっと研鑽して技術や診療能力を高めようと思えば、やれることが際限なくあるのは事実です。でも、寝る間もない、家にも帰れないという状況では破綻してしまいますから、働き方を変えなければならないこともまた事実です。専門医資格で担保するのは、患者さんに対して適切な医療を提供するうえでの最低限ですから、働き方の改革とは別の文脈で捉える必要があると思います。

:専門医資格にしてもサブスペシャルティにしても、最短ルートで資格を取った医師が良い医師というものではありません。「良い医師になる」という強い思いがあるのであれば、回り道をした経験も後々活かすことができるはずです。医師人生は長いのですから、無理なく仕事を続け、時間をかけて資格を取ったっていい。様々なライフイベントがある人生を、どのように働いていくか考えることは、医師としてどう社会に貢献したいかを考えることにもつながります。みんなが、働き方に対する自分の価値観をしっかり持ち、その多様性を認め合えるような世の中にしていきたいなと私は考えています。

 

【写真上段左より】

蓮沼 直子先生
(秋田大学医学部 総合地域医療推進学講座 准教授/皮膚科専門医)

立石 実先生
(東京女子医科大学 心臓血管外科 助教/循環器専門医・心臓血管外科専門医)

【写真下段左より】

秋山 睦貴(東京大学理科三類 2年)

山田 麻綾(東京慈恵会医科大学医学部 5年)

岩間 優(東京医科大学医学科 5年)

龍田 ももこ(東京大学医学部 5年)

※学年は掲載時点

 

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