医学教育の展望
大学と地域が連携し、地域医療を担う医師を育てる
(前編)
地域医療の現場に専任の指導者と教育資源を用意する
全ての医療は必ず地域医療へとつながっている
医師を目指す皆さんは「自分が将来、地域医療の担い手になる」と考えたことがあるだろうか。地域医療というと、山間部や離島のへき地医療などがイメージされやすく、地域医療に対して当事者意識を持つ医学生は多くないかもしれない。
しかし地域医療は、へき地で働く医師だけで担うものではない。日本の地域医療実践の先駆者である若月俊一の言葉に、「医療はすべからく地域医療であるべきで、地域を抜きにした医療はありえない」というものがある。全ての患者は地域から来て、地域へ帰っていく。「地域医療」という視点を持つことは、日本の医療を担う全ての医師に求められている。
医学教育の世界でも、地域医療の視点を持った医師を育てるため、様々な試みが行われている。今回は、地域医療教育の先進的な制度を全国に先駆けて導入し、モデルケースとして多くの大学から注目を集めている筑波大学の取り組みについて、同大学地域医療教育学教授の前野哲博先生にお話を伺った。
生きた地域医療の現場で医学生を教育できる環境を
前野先生は、志望分野を問わず、全ての医学生が地域医療の考え方を身につけられるような教育環境の整備に尽力してきた。そのなかで、日本の大学の地域医療教育全体に共通する大きな課題に直面したという。
「地域医療の視点を持つためには、人々の生活の近くで行われている医療の現場を見ることが不可欠です。しかし地域の医療機関には、医学生を実習させる人的・時間的余裕は十分ではありませんし、教育設備も揃っているわけではありません。より良い地域医療教育のためには、地域の医療機関という最適な教育フィールドと、大学が持つ潤沢な教育資源とを結び付ける必要がありました。」
そこで筑波大学は茨城県と協力して、「地域医療教育センター・ステーション制度」を全国の大学に先駆けて導入した。県内で精力的に地域医療に取り組んでいる病院・診療所を「地域医療教育センター・ステーション」として指定し、そこに大学から教員を派遣することで、医学生や研修医を受け入れる体制を整えたのである。
茨城県内には、地域医療教育センター(派遣教員が5名以上)が6つ、地域医療教育ステーション(派遣教員が5名未満)が7つ設けられており、約70名の大学教員が配置されている(2016年現在)。また、テレビ会議システムやシミュレーターといった設備の導入や、医学生や研修医が一定期間滞在するための宿泊施設の確保などといった支援も行われている。
「地域医療の最前線に、教育をミッションとした専任の指導医を送り込むことによって、現場でも大学の意向を踏まえた手厚い教育を実施できるようになりました。
また、実習生がへき地へ赴くための交通手段の支援や宿泊施設の確保も、県と大学が協力しながら行っています。このような細かい部分までフォローすることも、人的支援や設備投資に並ぶ、大切な支援の一つなのです。」
医学教育の展望
大学と地域が連携し、地域医療を担う医師を育てる
(後編)
地域を基盤にした保健・医療・福祉活動の体験学習
それでは、地域医療教育センター・ステーションで、医学生は実際にどのような実習を行っているのだろうか。
「筑波大学では、5年次の臨床実習の一環として、医学生が医師不足地域に1週間泊まりこんで、地域に密着した保健・医療・福祉活動を体験学習するカリキュラムを必修として設けています。この実習では、小規模医療機関での診療を学ぶだけでなく、訪問診療・訪問介護への同行や、地域の薬局での実習なども行います。また、住民向けの健康教室に参加することもあります(表)。地域医療は、地域で働く医療・保健・行政など様々な職種の方々、さらには地域住民との連携のもとに成り立っているということを、実体験のなかで学び取ってほしいですね。」
地域共同体に溶け込み多面的に地域を見る
「地域医療」という言葉は、1920年にイギリスで提唱された"Community Medicine"という概念の訳語として定着した。つまり、「地域共同体を基盤とした医療」というのが地域医療の原義であるといえるだろう。筑波大学は、地域滞在型実習の中で、地域共同体そのものを知るためのフィールドワークも用意している。
「地域滞在型実習のなかで、地域診断を行う実習を取り入れています。医学生が地域の中を歩き回って、どのような施設があるのか、人々はどんな暮らしを営んでいるのか、ということを見ていきます。住民と直接話したり交流したりすることも重要ですね。このようなフィールドワークの結果と、地域に関する様々なデータとを併せて考察することで、その地域の強みや弱み、抱えている問題がだんだんと見えてくるのです。
この実習は、地域のコミュニティに溶け込み、多面的に地域を見る姿勢・技術を学ぶことを目的としています。隣に住む人の顔も分からない都会と違って、地方では誰もが顔見知りで、人々の団結が強いです。また、地域の健康問題についても、行政や他職種と連携しつつ、専門職として責任を持って意見を述べることが求められるでしょう。コミュニティを知り、その中に溶け込んで学ぶという経験は、地域医療に携わる医師には欠かせないものであり、都会育ちの多い医学生に、それを肌で感じてほしいと思っています。
将来地域の医療機関で働く医師はもちろん、大病院で働く医師にとっても、この体験は人生の糧として必ず活きてくるはずです。どのような場所で働くことになっても、常に『全ての患者は地域から来て、地域へ帰っていく』という意識を忘れず、人々の生活に寄り添える医師を育てていきたいですね。」
(筑波大学 地域医療教育学 教授)
筑波大学卒業後、河北総合病院内科研修医、筑波大学総合医コースレジデント、川崎医科大学総合診療部、筑波メディカルセンター病院総合診療科を経て、2000年より筑波大学附属病院勤務。
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