医師・患者関係からみる在宅医療(1)
人生の最後と密接に関わる在宅医療
今後、在宅医療が普及するにつれ、在宅で死を迎える人も増えていくだろう。人生の最後と密接に関わってくることについて、福岡の松口循環器科・内科医院で院長を務める松口先生はこう話す。
「『死』をどうプロデュースしていくかという観点で考えると、どの疾患が原因で亡くなるかは、患者さんや家族にはあまり関係ないんですよね。私たちが担うべきは、患者さんが苦しまずに亡くなれるように、そして家族がその死を受け入れられるようにすること。本人ももちろんですが、家族も不安や葛藤と闘いながら介護しています。だから、看取りの後は家族のケアも必ず行います。例えば私たちは、患者さんが亡くなられた後、『よくやったね、すごいね』と声をかけるようにしています。」
緩和ケアを専門とし、病棟勤務だけでなく在宅医療にも携わる福島・竹田綜合病院の渡邉先生は、終末期における患者さんの希望をどのように聞き出すかについて語ってくれた。
「緩和ケアで教育されてくるのは、ファシリテートするということ。患者さんや家族は、死の間際をどのように過ごしたいか、ご自身の意見を持っているものです。けれども、医療という専門分野を前にすると、なかなか主張できないところもある。だから、うまく信頼関係を築いて、その人の意見を吸い上げながら、望む方向へ導いていく必要があるんです。もちろん、世間的なものからあまりに外れるような場合や、実現することが厳しい場合には、少し私たちが方向づけをする場合もありますが、あくまでも選択肢を並べて、『どれを選ぶ?』という形にしています。そうすることで、意志決定を促すんです。」
松口先生(写真左)と加藤先生(写真中央)。
医師・患者関係からみる在宅医療(2)
患者側のホームであることの意義
さらに渡邉先生は、その意志決定が在宅で行われることの意義を教えてくれた。
「患者さんの本当の気持ちを引き出すのは、病院ではなかなか難しいんです。もちろん病院やクリニックでも、患者さんが家にいるような雰囲気をつくり、本人の思いや希望を引き出せるようにと工夫しているところもあるでしょう。けれど病院というのは、どうしても病院や医師の持つ枠組みの中に患者さんが来るという形を取らざるを得ない。対して在宅医療の場合は、患者さんの住む世界に医師が行きます。これには、通院困難を克服できるという利点以上に得るものがあります。患者さんの普段暮らしている場所には、ベッドで寝ている本人だけでなく、例えば服や写真や置物など、患者さんを語るものがいっぱいある。まさにそこは患者さんの生活の中、家庭の中なんです。私たち緩和ケア医は、患者さんの生活の中に入らせてもらい、患者さんの意志をしっかり聞き取るために、不安や心配を取り除くコミュニケーションを徹底的に行っています。
実際、入院している最中は薬について一言も希望を言わなかった患者さんが、家に帰った瞬間、降圧剤は飲みたくない、不整脈の薬を減らしたい…なんて言ってくるんです。よく『患者中心の医療を』と言われますけど、まさに家に帰ったときがチャンスなのではないかと思っています。」
初期研修から在宅医療を学んできたという松口循環器科・内科医院の加藤先生も、「患者中心の医療」について同じような見解を持っているようだ。
「患者さんのテリトリーで、患者さんの考え方を持って、患者さんの望む形の医療を提供する。『患者中心』の考え方とは本来そういうもののはずです。そう考えると、いかに病院での診療が医師のテリトリーに患者さんを引き込んでいるのかがわかります。患者さんの生活背景は、病院に入ってくる時点で剥ぎ取られ、医師は診察室で、看護師などの病院側の人間と一緒に患者さんを受け入れているわけですから、そもそも患者さんがリラックスして意見を言える環境ではないんです。対して在宅は、患者さんが一番リラックスできる環境です。まさに患者さんのテリトリーで、『どうありたいか』を私たちが訊ねながら、医療の専門家として、アドバイザーとしてかかわっていく。これが適切な『患者中心』のあり方なのではないでしょうか。」
渡邉先生(写真右)の話を真剣に聞く大島さん(写真左)。
医師・患者関係からみる在宅医療(3)
「在宅」というフィールドの持つ力
しかし、多くの人がそうであるように、医師も「死」についてネガティブな考えを持っているのではないだろうか。現に多くの医師が、自分が治したことに満足を感じるだろうし、命を救えないことを「負けた」と感じてしまうこともあるだろう。それゆえ、終末期においては、医師にとっての満足と、患者さんにとっての満足とにずれが生じる可能性も否めない。しかし在宅では、このようなずれが比較的起こりにくいという。もともと急性期病院に勤務していた福岡・頴田病院の吉田先生はこう語る。
「在宅医療をやり始めた自分が、以前と比べて外来でもだんだん患者中心の考え方ができるようになってきたのを感じています。例えば、外来で処方した薬を患者さんが飲んでいるかどうか、在宅では実際に目で確認することができます。もし飲んでいなければ、その薬の説明が不十分だったのかな、どうしたら飲んでもらえるのかな、と考えられる。患者さんがどう考えているかに寄り添うことで、医師と患者との認識のずれを少しずつ解消し、ゴールを見出すことができるようになったのです。在宅という場は、認識のずれに気づくきっかけをくれたのです。」
加藤先生はまた別の観点から、医師としての自分が丸裸にされる感覚を語ってくれた。
「私は在宅医療を始めたとき、自分がすごく弱くなったように感じました。今まで病院という組織や場に守られていた自分が、患者さんの家に行くと、丸腰になり、今まで築いてきた立場が全く関係なくなるんです。在宅では、患者さんの言うことに耳を傾けて、いかにその人の役に立てるかだけが評価される。そこには圧倒的な場の力があります。医師の側の意見だけを考えていてはうまくいかないのが実感としてわかるんです。」
このように、病院は医師側のテリトリーであり、医師の文化やルールのなかで診療を行うのに対して、在宅ではその医師の文化やルールが通用しないのだ。そこが難しさでもあり、面白みでもあると、先生方は口を揃えて語る。
医師・患者関係からみる在宅医療(4)
ともに時間を過ごす
さて、こうした在宅医療の現場において、その地域で必要とされ、認められる存在でいるためには、自らも地域住民の一員としてそこに溶け込み、信頼関係を築いていくことが求められるだろう。そこに、医師・患者関係の難しさはないのだろうか。医師としての自分と、ひとりの人間としての自分に、どう折り合いをつけていくのか。出身地から遠く離れた福島で地域医療に携わる髙栁先生は、患者さんの急変時に動揺したときのことを振り返る。
「僕自身が患者さんに入れ込んでしまい、終末期の最後の急変のときに動揺してしまったんです。それまでに患者さんと話す中で、『静かに自宅で』と決めていたのにもかかわらず、実際に危ない状況を目の当たりにし、『病院に送ったほうがいいのかな』という葛藤が生まれてしまった。そのときの自分は、患者さんを友人として捉えていたんだと思います。
どれだけ親密な関係になったとしても、医師として俯瞰できる自分がいるのであれば構わない。けれど、そこで判断が鈍ってしまったということは、医師としての自分がいなかったということなんです。それからは、必ず客観的に患者さんとの関係性を見る自分を持っておくことを意識するようになりました。関係を構築する中で、たとえそこで非常によくしてもらったり、楽しく過ごしたとしても、医師である自分を忘れないようにと心がけています。」
この話に呼応するように、渡邉先生は「おもてなし」と「ともに時間を過ごすこと」について語ってくれた。
「患者さんからお茶を出していただくといったおもてなしがあったときは、ありがたく受けることも大事なのかな、と。というのも、もてなすというのは『私と時間を共有してください』という気持ちを表現する方法のひとつなんですよね。緩和医療学会の指導者研修会でも、『おもてなし』はキーワードになっています。緩和ケアのスキルやテクニックも重要ですが、大切なのは僕らが患者さんをもてなす心です。『おもてなし』の心を持った医師ならば、地域でも受け入れていただけるでしょうし、互いの気持ちがつながっていけば、それがやがて絆になるのではないかと感じています。
人はそれぞれ人生観も価値観も死生観も違います。だから本来、共感はできないと言われているんです。ならば共感に必要なことは何なのか。それは『時間を割く』ことです。そのための時間をとること、あるいは『その時間をつくりますよ』という言葉をかけることでもいいと思います。医師と患者の関係は、必ずしも友人や恋人のように親密でなければならないというわけではなく、きっぱりと分けてしまうのも悪くないと僕は思います。ただ、共感する時間は大事にしたい、しなければならないと考えています。」
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- 医師への軌跡:曽田 学先生
- Information:October, 2013
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- 特集:医師・患者関係からみる在宅医療
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- 同世代のリアリティー:芸術の分野で生きる 編
- NEED TO KNOW:患者に学ぶ(周期性ACTH-ADH放出症候群)
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