産科医としての臨床経験を活かし、
公衆衛生の分野で管理職として働く
~新潟県村上地域振興局 佐々木 綾子先生~
(前編)
産科医から保健所の所長に
秋葉(以下、秋):先生は産婦人科の勤務医としてずっと働いていらっしゃったそうですね。
佐々木(以下、佐):地域の約260床ほどの病院で、産科医2人体制でお産をやっていました。40代後半になり、3人の子どももみんな親元を離れたころ、このまま厳しい勤務環境でやっていけるのかなと漠然と思っていました。そんなある日、大学の英文科に進学した長女が、「私、10年後は何をしているかわからないわ」と漏らしたんです。私、その言葉になんだか嫉妬してしまったんですね。
秋:医師は10年後も医師ですものね。
佐:もちろん、それは素敵なことです。けれど、私も娘に負けずに新しいことをやってみたいと思いました。ちょうどそのとき、村上保健所に席があるというお話を頂いて、じゃあやってみようと決意したんです。はじめは、この仕事を10年続けたら何ができるかなと思っていたのですが、まさか保健所の所長から地域振興局の局長に昇進するとは思ってもいませんでした。医療職で局長というポジションは県で初めてです。
保健所の仕事とやりがい
秋:具体的にはどのようなお仕事をされているんでしょうか?学生さんにとって保健所の業務というと、感染症対策などのイメージが強いかと思いますが。
佐:時代の変化とともに、仕事自体も変わってきました。感染症対策ももちろんありますが、今特に力を入れているのは災害に備えた危機管理ですね。他には、高齢化が進んだ地域なので、救急医療や高齢者医療の仕事が多いです。市町村と県とのネットワークづくりが重要ですね。
秋:学校などの地域の施設に出て行って、性感染症などに関する講演をなさっているとか。
佐:はい、主に夏休み前の時期に県内の中学校や高校に出張して、講演を行っています。というのも、私がまだ勤務医だった15~16年前、新潟は中高生の人工妊娠中絶や性感染症が多い地域だったんです。妊娠した子や病気になった子を診ていたら、「もっと避妊や病気のことをわかっていたら、こんな目に遭わなかったのに」と感じました。病院で働いている間はそんな時間はなかなか取れなかったけれど、保健所ならもっと指導に費やす時間をとれるのではないかと思ったのが、この分野に転向したきっかけでもあります。
秋:産婦人科医としての経験に基づいたお話ですから、聞く方にも響くでしょうね。
佐:臨床を23年間やってきて、女性の健康や思春期の子どもたちを診てきたことがベースにあるので、私はやっぱり他の保健所長とは違うと思います。行政のプロとしては、はじめから行政職として働いている方たちの足元にも及びませんけれど、私は私の経験を活かして仕事をしています。
産科医としての臨床経験を活かし、
公衆衛生の分野で管理職として働く
~新潟県村上地域振興局 佐々木 綾子先生~
(後編)
医療のひとつの選択肢
秋:異業種の方との交流も多いですか。
佐:ええ、もちろん医師会や病院といった医師同士のお付き合いもありますけども、商工会議所や観光業、建設業や農林水産業といった全く違った職業の方たちとのお付き合いも出てきます。勤務医をやっていただけでは絶対に出会えなかったような方たちとお仕事ができることは、とても楽しいですよ。
秋:医学部を卒業して、勤務医になって、開業して…というレールだけでなく、先生のように途中から行政に入られるというのも、医師の働き方のひとつの選択肢ですね。
佐:そうですね。新潟県では臨床経験を積んだ後にこの分野に入る人も多いです。地域の産婦人科や老年内科などで積んだ経験を活かせる働き方ですからね。学生さんのほとんどは、保健所に勤めるなんてあまり考えないかもしれませんが、臨床や専門の経験を積んだ後でもこういう働き方ができるということを頭の隅においてもらえたら、選択肢が増えると思います。特に女性にとっては、日勤帯で年休や育休もしっかりしていますし、働きやすい職場だと思います。
秋:今の若い方たちは専門医志向が強くて、一本道を走らなければならないと考えているような印象があります。
佐:それはそれでいいでしょうけれど、結婚や出産といったライフイベントに関しては、決まった「いい時期」なんてないものです。大事なのは、自分の思うようにならないことが起きたとき、柔軟に対応していくこと。「こうでなければいけない」ではなくて、何か起きたときに「じゃあどうしようか」と考えて道を選んでほしいですね。地位や収入、あるいは周りから見てどうかではなくて、自分の家庭環境や年齢なども考えた上で、自分にとって今一番いいと思う働き方を選ぶのがいいと思います。もっと長いスパンで考えて、何十年も先まで医師として仕事をしようとしたとき、活躍できる場はいろいろあるということを、若い方たちにはぜひ知ってほしいですね。
女性管理職の面白さ
秋:女性が管理職になることに関してはどうお考えですか?
佐:まだまだ日本では、女性はハンデキャップを背負っていると思います。でもそのため、どこに行っても注目されます。女性だというだけで覚えてもらえるし、インパクトがある。今の段階では、このハンデは逆に強みにできると思います。
秋:今の女子学生は、あまり偉くなりたいと言わないようです。これからは先生のような女性管理職がもっと増えてほしいと思うのですが、尻込みしている方が多いように見受けられます。
佐:案外やってみればできるし、本人も面白いって言ってがんばるものです。女性管理職を増やすには、現在の部長や病院長といった管理職の方たちが、多少強引にでも女性を登用する必要があるかもしれませんね。意識は何もやらずに変わるものではありません。まずはやらせてみるのがいいと思います。
秋:「役が人を育てる」という話はいろいろなところで聞きますし、ぜひ多くの人に引き受けてほしいですね。
佐:ええ。上の立場に立てば、今よりももっと面白いことがあると思うんです。多くの情報が入ってくるし、発言する場も与えられます。私も局長というポジションをもらったときは、予想外でかなり戸惑いましたが、案外やってみると面白いものですよ。医師会の役員や委員会委員もそうなのではないでしょうか?
秋:そうなんです。私は主人と一緒に開業医をやっていて、たまたま県の医師会に出てみないかって声をかけてもらったんですが、やってみたらどっぷりハマりました。家の中にいるだけじゃわからないことが、いろいろわかるようになったのが面白かったんですよね。
佐:私もぜひ、若い先生方や女子学生には、上を目指すことの面白さを知ってもらいたいなと思っています。
新潟県村上地域振興局 局長
新潟県村上保健所 所長
聞き手 秋葉 則子先生
日本医師会女性医師支援委員会 委員長
日本医師会男女共同参画委員会 委員
女性医師バンク統括コーディネーター
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