医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師の基本的責務】A-5.医の倫理教育の課題

中澤 栄輔・赤林 朗(東京大学大学院医学系研究科講師・同教授)


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 ギリシャのヒポクラテスの時代から、医師の高度な専門性に応じて、職業倫理が語られてきた。ギリシャでは「徳」、すなわち「人の善い性質」を基軸とした倫理が発達したが、その当時から、「どのようにしたら徳を習得することができるのか」ということが大問題であった。現代に目を移しても一目瞭然、この問いはいまもなお、一層、重要である。「医師の徳はどのようにして習得できるのか」を考える手がかりとして3つのポイントがある。

 1.いつ学ぶか? 2.なにを学ぶか? 3.どのように学ぶか? 大学での教育課程については他項目を参照していただき、ここでは主に卒後教育および生涯学習に焦点を絞って、医の倫理教育が果たす役割とその課題をまとめたい。

 1.医の倫理をいつ学ぶか?:倫理的問題は、常に医療の現場で起きている。大学での教育課程での倫理教育は、いわば、プールに入る前に水泳の方法を学ぶようなものである。もちろんそれも必要であり、一般的な知識の獲得と心構えの形成を目的とした学びの機会である。しかしむしろ、医の倫理を学ぶには、医療現場での経験が必須である。たとえば、初期臨床研修時などは医の倫理を学ぶ一番のチャンスなのではないだろうか。もちろん、学びの場はそれだけに留まらない。現代の医療技術は日進月歩であり、新たな技術に応じて新たな倫理問題が生じる。その意味で、生涯学習で医の倫理を学ぶことには、重要な意味がある。

 2.なにを学ぶか?:医の倫理は、医師の職業倫理(医師としての徳)、および医師-患者関係を柱として、患者の思いを尊重するという「自律性」に関する問題、限られた医療資源をどのように分配するべきかという「正義」の問題にまで話が及ぶ。さらに、現代の医師には、日々の臨床の現場において生じる倫理的課題にどのように対処していくかという臨床倫理に限らず、医学研究の倫理、公衆衛生の倫理に関する見識も求められるようになってきた。このように、医の倫理として学ばなければならない内容は多岐にわたり、さらに、年々その範囲が拡大している。現在、各所で標準的な学習内容の策定、教科書の作成が行われている。医学技術と市民の関心は、常に想像を超えるスピードで移り変わる。医の倫理もそれに応じて、柔軟な学びの姿勢が求められることになる。

 3.どのように学ぶか?:卒後、医の倫理を学ぶとき、あるいは生涯学習として倫理に触れるときには、積極的な学びの姿勢が望まれる。すなわち、とりわけ医の倫理の卒後教育、生涯学習においては、アクティブラーニングの導入が必須である。医療現場において実際に自分が経験した倫理的問題を持ち寄り、ディスカッションと情報共有、ケーススタディを通して行うグループワークにより、倫理的問題を解決する応用力が得られる。類似の経験をしてきた医療者同士がディスカッションを行うことで、倫理的問題に苦慮した経験が一般化、抽象化されるからである。また、グループワークは倫理の仲間を作るのに適している。倫理的問題のなかには、自分だけではなかなか解決が難しいものもある。共に医の倫理について語ることのできる同僚の存在は、そのとき必ずや助けになるのではないだろうか。

 おわりに:医の倫理を学ぶ場は多い。書籍による学習、ウェブでのe-learning、学会の倫理教育セミナー、複数日に及ぶ倫理研修など、それぞれ利用法が異なる。各自の状況と目的に応じた複数の学びの機会に、医療者が皆均等にアクセスすることができることが理想となろう。以上、医の倫理教育が果たす役割とその課題を、3つの観点から指摘した。(1)初期臨床研修時は医の倫理を学ぶチャンスでないか? 生涯学習も重要ではないか?(2)医の倫理の範囲は広くなってきているので、柔軟な学びの姿勢が求められているのではないか?(3)ケースを用いるアクティブラーニングが有効性ではないか? 以上の3点を医の倫理教育の課題として指摘したい。

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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