日本医師会の取り組み
新会長インタビュー
松本吉郎日本医師会新会長に、自身の医師会活動にかける思いや、若手医師が医師会活動に参加することの重要性などを聴きました。
未来の医療のために若手医師の声を聴き
政策に反映していく
様々な書物から人生を学ぶ
――松本会長は、なぜ医師を志したのですか?
松本(以下、松):夏休みに父の郷里に帰省するたび、医師をしている叔父から様々な話を聴く機会がありました。「叔父が言うのだから、医師は世の中のため人のためになる良い職業だ」と思い、高校2年生の時に医師を志す決心をしました。
――大学時代はどのように過ごしていたのですか?
松:勉強面では全ての科目で平均点くらいを目指し、勉強以外の時間はほとんど読書に没頭する日々を送りました。ジャンルは問わず、小説や歴史もの、エッセイなど本当に様々なものを読み漁り、部屋は本で埋め尽くされていたほどです。
――印象に残っている本や、本から得た学びはありますか?
松:冒険ものやミステリー、歴史小説は好きでよく読みました。特に池波正太郎さんの歴史小説は、文庫化されたものは全て読破していると思います。彼の小説には「良いことをしながら悪いことをする」「悪行を働きながらも一部では善行をしている」というような人物が度々登場します。この世には完璧な善人も完全な悪人もいない、人間は矛盾を含め様々な要素が混在する複雑な存在だ、という人間観に感銘を受けました。実生活でも、私たちはリーダーシップのある人、型にはまらない人、わかりあえない人など、実に様々な人に出会います。人間は一筋縄ではいかないこと、多様性を尊重し合うことの大切さを、池波作品や様々な書物から学びましたね。
――大学卒業後は皮膚科・形成外科医として働いたのですね。
松:当初は、治療の結果が目に見えて現れるところに惹かれ、形成外科医を志しました。しかし、「皮膚科も勉強し、もう少し広い目で世界を見た方が良い」という恩師のアドバイスを受け、形成外科と皮膚科の専門医資格を取りました。後に開業の道を選び、皮膚科領域で地域医療に貢献できたことは、恩師のおかげだと心から感謝しています。
――松本会長は若い頃から医師会活動に参加していますね。
松:34歳で開業し、数年経って軌道に乗った頃、周囲の先生方から大宮医師会の仕事に誘われたことが、医師会活動に関わったきっかけです。小さな仕事を手伝ううちに理事に推薦され、10年間理事を務めました。その後副会長を経て、59歳で大宮医師会の会長に就任しました。会長職は、総務関係から医療保険、地域包括ケア、地域医療・保健、産業医、学校医など全ての領域を把握していなければならず、また埼玉県医師会や日本医師会の常任理事も兼任していたため非常に多忙でした。ただ、地域医療の全体を見渡し、まんべんなく手掛けてきた経験は、私の強みになっていると思います。
若手医師に広く活躍の場を
――日本医師会会長として、若手医師が医師会活動に参画することの重要性についてどのようにお考えですか?
松:私は、様々な社会活動への参加は医師の責務と考えています。医師は皆、大なり小なり世に貢献したくてその道を選んだはずです。そこで、自分の守備範囲をできるだけ広げ、専門分野や所属する組織の仕事だけではなく、外に出て多彩な活動に関わってほしいのです。例えば勤務医であれば基礎研究や教育、開業医なら学校医・産業医・予防接種・一次救急・介護認定審査・看護学校の講師など、できる限り自分の領域を増やしてほしいと思っています。そうすることが、医師会が大事にしているかかりつけ医機能の深化にもつながります。
ただ、そのような活動は一人で行うのは難しいでしょう。医師会は、地域のために活動をする医師の集まりです。その実態を若い方にもっと知っていただき、医師会を通じて地域や社会に貢献する活動をしていただきたいと思っています。
――若手医師の入会促進のためにどのような施策を考えていますか?
松:日本医師会では、2015年度から臨床研修医の会費無料化を実施しています。さらに来年度からは、会費減免期間を医学部卒業後5年まで延長します。会費減免期間終了後も医師会員として定着していただけるよう、医師会が果たす社会的役割の大きさや医師会活動の重要性への理解を促し、また若い方々の活動の費用面の支援も検討していきます。
一つのことにとらわれないで
――最後に会長から医学生にメッセージをお願いします。
松:日本医師会は、医療提供体制の維持や医療の質の向上などの公益的な役割を担う学術専門団体です。「医師会活動は自分とは関係ない」「自分には遠い話だ」と思うかもしれませんが、私はこれまでの経験から、地域医師会の地道な活動こそが医師会活動の礎だと考えています。郡市区等医師会のネットワークで地域医療を円滑に行い、現場で見つかった問題を、必要に応じて都道府県医師会や日本医師会へと上げ、都道府県や国へ働きかけていく。日本医師会会長としても、この流れを一層強く促していくつもりです。若手医師にも、医師会の各種委員会や勉強会での交流を通じて、医師会活動の魅力や重要性を体感してほしいと思っています。
日本医師会は、既定路線にばかり従う組織ではなく、例えばオンライン診療に関することなどは、世の中の流れに合わせて少しずつ考え方を変えています。若い方々の意見も大いに採用し、様々な政策に反映していかなければ、未来の医師会、そして未来の医療は成り立っていきません。既成概念を覆すような斬新なアイデアも期待していますので、思うところがあれば、ぜひ私たちに声を届けてください。私たちと一緒に国や社会を動かし、未来の医療をより良いものにしていきましょう。

松本 吉郎
山口県出身、浜松医科大学卒業。
1988年、埼玉県大宮市(現・さいたま市)に松本皮膚科形成外科医院を開設。
1996年大宮医師会理事。
その後埼玉県医師会理事・常任理事、大宮医師会会長、日本医師会常任理事を経て、2022年6月より日本医師会会長。
※取材:2022年8月



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