医師の働き方を考える

医師の多様な働き方の実現を目指して
県や大学に働きかけていく
~長崎大学理事 伊東 昌子先生~

今回は、長崎大学病院メディカル・ワークライフバランスセンターや長崎大学ダイバーシティ推進センターのセンター長を歴任し、様々なプロジェクトに携わりながら、研究者としても活躍されている伊東先生に、これまで関わってこられた取り組みや、ダイバーシティの実現に向けて必要だと考えることを伺いました。

女性医師が働き続けるために

インタビュアーの瀬戸先生。

瀬戸(以下、瀬):伊東先生はこれまで、長崎県の女性医師支援や長崎大学における男女共同参画に関する様々なプロジェクトを推進されてきました。私は長崎県医師会常任理事として、先生のご活躍を拝見していましたが、今までの歩みについて改めて伺いたいと思います。まずは、2012年から所属された長崎大学病院メディカル・ワークライフバランスセンター(以下、ワークライフバランスセンター)での取り組みについてお聞かせください。

伊東(以下、伊):一番印象深いできごとは、長崎県女性医師等就労支援協議会などの関係機関と連携して、あじさいプロジェクトを立ち上げたことです。長崎県全域を対象に、医師が仕事と生活の両立を実現するための支援と、その環境整備を推進するプロジェクトです。当時、先進的な取り組みをしていた岡山大学のMUSCATプロジェクト*を参考に始めたのですが、やがて、長崎県で働く女性医師がどんな形で働いているか全体数を把握し、毎年更新するという独自の調査なども始めました。調査の結果、家庭の事情で仕事を辞めざるを得ない人たちが大勢いることがわかり、各人のお話を聴いて復職のサポートも行いました。

他には、産休・育休に入る方々とその後も関わっていくための手段として、「マタニティ白衣」の貸し出しや、復職準備のためのセミナー(リフレッシュセミナー)も定期的に行いました。白衣の貸し出しをする以上、連絡先が必要となりますし、連絡先と同時に復職希望の時期など様々な情報を聞き出すことができます。休業して子育てに注力している人は、子どもと自分だけの世界に没入してしまい、家庭の外と関わるハードルが高くなる傾向があるので、そのハードルをできるだけ取り払いたいという思いから始めました。先々の支援につなげられる試みだったと自負しています。

また、当時は育休を取得する男性医師が珍しかったため、取材をして記事にもしました。今は後任の先生が男性育休のキャンペーンに励んでおられます。

:私が長崎大学の男子学生にインタビューした際、9割近くが「子どもが生まれたら育休を取りたい」と言いました。先生のこれまでの様々な試みが、少しずつ開花していると感じます。

新事業の展開に奮闘する

:先生は2014年に長崎大学男女共同参画推進センター(現:ダイバーシティ推進センター)のセンター長に就任されました。

:研究者の両立支援として、長崎大学の学内保育園の設立や夏季休暇中の学童保育を行ってきました。学内保育園の設立は、推進センター長として最大の仕事でした。事業所内保育は国から支援金が出るのでその取得に尽力し、場所の選定や人員確保など多方面に奔走しました。

:また、文科省の女性研究者支援のための助成金を得て、働き方改革にも取り組まれましたね。

:これらの経験を通じて、何か事業を起こすには財源が必要だと改めて痛感しました。財源がない時も大変でしたが、助成金を取得した後は成果を出す必要があるため、プレッシャーの連続でした。

しかし挫けずに続けた結果、長崎大学において、医学部のみならず様々な学部長が我々の仕事を認めてくださるようになりました。教員の女性限定公募も増え、少しずつ学内が変わっている手応えを感じています。

:女子高生の理系選択支援プログラムも実施されましたね。

:様々な学部の教員が長崎県の各地に赴き、小学生から高校生までの女子に、理系分野への興味を引き出すような話をして、理系の仕事は男性限定ではないことを説きました。私は保護者の担当でしたが、保護者も教師も男性は理系、女性は文系という考え方が今も残っていることに気づかされました。それは無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)であり、親の考えは自然に娘たちに伝わるものだから、まず親の意識を変えなければいけないことを話しました。

アンコンシャス・バイアスについては、私たち大学教員も気を付けなければなりません。長崎大学では折に触れて強調していたことで、だんだん浸透し、会議などの際に「今のはアンコンシャス・バイアスだったね」と自ら、もしくは教員同士で指摘する場面が見られるようになりました。無意識の偏見は誰にでも、もちろん私にもあることです。ダイバーシティの実現には、それに気付ける自分になることと、互いに指摘し合える関係作りが必要です。

「医師であること」を核に

:長崎大学理事の学生担当・国際担当として、これからの展望をお聴かせください。

:コロナ禍で中止になっていた留学生の受け入れが最近再開されました。ウクライナからの避難民の学生を受け入れようとクラウドファンディングを行ったところ多額の寄付が集まり、今は留学希望者に対してZoomを使った面接を実施しています。これからはもっと海外との交流を増やして、日本人と海外から来た人が一緒に授業を受けるだけではなく、お互いが相手から学び合えるような環境を作っていきたいです。長崎大学が学術交流協定を結んでいる海外の大学にもご協力いただき、発展的な授業を提供していけたらと考えています。

:先生は研究者としても日本骨粗鬆症学会学術振興賞を受賞されたりと、多方面でご活躍です。これほど様々な挑戦ができる原動力は何でしょうか?

:私はもともと放射線科医なのですが、ワークライフバランスセンターへ異動後はほぼ専任となったため、臨床の仕事が減り、センターの仕事に集中できました。自分の軸として研究は続けたかったので、当時まだ珍しかった骨粗鬆症の画像解析に着手したのですが、続けていたら評価がついてきて、それが励みとなりました。

ワークライフバランスセンターにしても、ダイバーシティ推進センターにしても、私は自ら志願したわけではありませんでした。しかし、任せてもらえる限りは極力断らず、その中で自分の好きな仕事を見つけ、楽しみながら働くことをポリシーに、ここまでやってきました。

:最後に、医学生へのアドバイスをお願いします。

:私は現在、臨床医としての仕事は少なくなりましたが、研究と並行して、様々な事業に携わることができました。「医師であること」を自分の核にしたからこそ、このような経験ができたのだと思っています。医学生の段階では、将来の働き方に臨床医以外の選択肢は想像がつかないかもしれませんが、医師にも多様な働き方があることをお伝えしたいです。

皆さんは、これから挫折を経験することもあるかもしれません。もしそうなったら、「少し回り道をしても、また自分のやりたいことに戻れたら良い」と考えてほしいです。一直線に突き進みすぎると挫折したときの反動も大きいため、ときには遊びや緩みを入れながら、目標に向かって歩んでいってほしいと思います。自分のやりたいことは年齢とともに変わっていくかも知れませんが、自分の人生において、また医師として、遂げたい目標はいつまでも持ち続けていただきたいです。

*MUSCATプロジェクト…岡山県全域で働く医療人のキャリア形成・復職支援活動を行うプロジェクト。岡山大学を中心に県医師会や地域関係機関と連携して行っている。

語り手
伊東 昌子先生

長崎大学理事(学生担当・国際担当)

聞き手
瀬戸 牧子先生

長崎県医師会常任理事

※取材:2022年8月
※取材対象者の所属は取材時のものです。

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