地域医療ルポ
「断らない医療」を支える精神
静岡県下田市 河井医院 河井 文健先生、河井 栄先生
伊豆半島の先端近くに位置する温暖な港町。山を彩る四季折々の花と、黒潮に育まれた海の幸が名物。幕末にはペリー率いる黒船艦隊が来航したことでも知られる。過疎化と高齢化が進んでおり、2045年には人口がほぼ半減、高齢化率も現在の39%から約60%まで上昇すると予測されている。

橙色のスクラブと白い短パンという出で立ちで、穏やかな笑みを浮かべる文健先生。足首にトレーニング用の重りを付け、颯爽と立ち回る栄先生。伊豆半島の南端、下田にある河井医院は、この医師夫婦によって営まれている。
院内には中庭から温かい光が差し込み、患者から寄贈された絵画や俳句などの様々な芸術作品や、一家の家族写真などが、いたるところに飾られている。夫婦が多くの人から慕われ、親しまれていることがよくわかる。
港町であり、全国有数の観光地でもある下田。夏は特に、海水浴や釣りに訪れた観光客の事故が多い。ハイシーズンは道路が混み合って、救急車が走れないことさえある。そんななか、河井医院はどんな患者も一手に引き受けてきた。緊急の患者を医院で手術し、何とか命を救ったことも幾度となくあった。この地の医療を長く支えた両親の姿を見てきた文健先生にとっては、当たり前のことだった。
「夫は勤務医時代、私の父の担当医でした。大変良くしていただいて、それがご縁で結婚したんです。『あの時、私の父だから真面目に診療したんですか?』と聞いてみたら、夫は『いや、どの患者にも真面目にやる』と。実際その通りでしたね。夫には、いつでも患者さんのことを考え、医師を全うするという、『赤ひげ』の精神が染み付いているんだと思います。」(栄先生)
両親の他にも、文健先生の医師としてのあり方に影響を与えた人物がいる。東京女子医大で勤務していた頃の師である。
「成長したければ誰よりも努力しろ、他人と同じことをしていては駄目だと教えられました。競争心を煽っていただいたおかげで、同僚に負けまいと必死で勉強しましたね。朝早く出勤して、技師さんが来る前にレントゲンを練習したりもしました。大変だったけれど、知識を得るのがとにかく楽しかった。開業してからも、その頃の経験が活きています。」(文健先生)
両親から診療所を継ぎ、二人三脚で25年以上。夫婦の活動は診療所内にとどまらない。警察からの依頼で検死に出かけ、月1回の留置所の健康診断も担う。地域の人々の健康のためにと、仲間の助けを得ながら開催してきたウォーキング大会は盛況で、昨年には18回目を迎えた。
かつてのように昼夜問わず働ける年齢ではなくなったが、二人の姿勢は変わらない。診察室に掲げられたサムエル・ウルマンの詩にはこうある。「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう。理想を失う時、初めて人は老いる」。間違いなく夫婦は青春の只中にいる。



(写真中央)江戸時代の趣を残す遊歩道「ペリーロード」。
(写真右)診察室には、子や孫の写真が飾られている。



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