日本医師会の取り組み 
薬事における日本医師会の役割

宮川政昭日本医師会常任理事に、医薬品が承認される過程で日本医師会が果たす役割について聴きました。

医師の代表として承認に関わる

――薬事とは具体的にどういったことを指すのでしょうか?

宮川(以下、宮):医薬品・医療機器など治療に用いる製品の承認申請に関する仕事を薬事と言います。製薬会社が治験や臨床試験を終えた新薬は、厚生労働省に販売承認の申請が行われるのですが、日本医師会は厚生労働省やPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)と共に、申請された効能が正しいか、それを使ったとき患者さんに有害な事象や作用がないかなどを審査します。医薬品として価値を認められるかを審議会でしっかり見極めるのです。

私たちは医師の代表として、患者さんに寄り添う臨床現場の感覚を持ちながら、薬の有効性を判断することが求められています。

――つまり、現場の医師の代弁者のような役割でしょうか?

:それだけではありません。審査には、科学的で冷静な、偏らない判断が求められるため、薬に関する知識はもちろんのこと、総合的に有効性の検証をするための幅広い見識が必要です。

示された試験結果に関しては、統計的な意義はどうか、不足しているデータはないかなど、評価の指標が適切かを見ていきます。そしてデータ不足による申請の差し戻しの際も、申請を通すためにはどのようなデータが必要かをきちんと提示します。

例えば、数の少ない重大な疾患に有効な薬だと言われたら、なんとかして認可したくなってしまうのが人情です。しかし、無理をして使って状態を悪化させるようでは元も子もないので、薬を実際に患者さんに投与・処方する立場の医師として、甘めに見ることがあってはならないのです。

患者さんが待ち望んでいる薬だからこそ、より慎重に審議する必要があります。

――海外で開発された薬が日本で承認されるまでには時間がかかることが多く、厚生労働省に対して批判もあるのではないかと思います。

:海外で承認されているのに日本では使うことのできない薬が多いという批判はありますが、日本人はボディマスも小さく、遺伝的な特性もありますので、海外の臨床試験結果をそのまま受け入れてよいのか、という視点も必要です。

特に今回の新型コロナウイルス感染症関連の医薬品やワクチンなどは、日本人の患者数が少ないため、少ない症例数をより吟味する必要がありました。

育薬という考え方

――承認された薬が商品化されてしまえば、薬事の仕事は終わりなのでしょうか?

:薬は承認したら終わりではなく、その薬が世間でどのように流通しているか、正しく使われているかどうかなどを見守らなければなりません。創薬だけでなく育薬という考え方が重要なのです。使いたいときに使えることも大事なので、安定供給ができているかにも注目しています。

医薬品の承認の審議には、様々な利権が絡んでいるのではないかという偏見も根強くあります。実は私も以前は、そのような疑念を抱いていたこともありました。

しかし、実際に審議に関わってみると、メーカーも、それを審査する厚生労働省やPMDAも、それぞれの立場から忌憚のない意見を出し合い、建設的な議論をしていることがわかりました。

患者さんのため、良い薬を出すため、私たちも決して妥協はできません。ときに激しい意見の対立もあり、重い責任を感じますが、それがやりがいでもあると思っています。

 

開業医として医師会活動に携わりながら研究を続けていく

医は、学と術と道と業

――宮川常任理事は医学部を卒業後、薬理の博士課程に進みました。その理由をお聴かせください。

:当初は小児科医を目指していたのですが、医学生の時、実習で関わった子どもを助けられなかったことに無力感を覚え、一度臨床から離れようと考えました。もともと研究にも興味はあったので、いずれ臨床に戻るときの糧になればと思い、基礎研究の道に進みました。

大学院修了後は内科に入局し、高血圧診療や研究に従事しました。しかし、薬理の研究をしていたことで当時の教授に誘われ、腎機能低下時及び透析患者へのがん化学療法を行うことになりました。本邦で初めて抗がん剤シスプラチンを透析中のがん患者に使用するなど、臨床と研究の日々を送っていました。

――その後、現在の診療所の院長になりました。

:父の跡を継ぐことになったのですが、どうしても学究心が捨てきれずにいました。そんな時、のちに家庭血圧値の世界標準を作ることになる今井潤先生の講演にめぐり合ったのです。開業医にもできる研究はないだろうかと思い悩んでいた私は、当時まだ話題になっていなかった、高血圧治療に家庭血圧を応用するという講演を聴いた途端、道が開けたような気がしました。手紙を送って会ってもらい、その後は毎週末、今井先生のいる東北大学に通い詰めて家庭血圧の研究に没頭しました。

――横浜市医師会の理事の仕事と研究を長年両立していたそうですね。

:2001年に横浜市医師会常任理事に就任し、地域医療担当として医師会活動をするようになりました。また、横浜内科学会会長や神奈川県内科医学会会長も務め、開業医として地域医療に貢献にしながら、2010年日本高血圧学会総会にて、恩師である今井先生と共に学会賞を受賞しました。その後も、高血圧ガイドラインのリエゾン委員及び外部評価委員や高血圧診療ガイドの作成統括委員などを務めています。

その後、神奈川県医師会副会長を務めていたのですが、2020年より日本医師会常任理事に就任することになりました。

――開業医と並行して研究を続けてきた宮川先生にとって、医師として大切なこととは何だと思いますか?

:私は小さい頃から様々なジャンルの本を数多く読んできたのですが、医師になった今もそれが基礎にあるように感じています。推理小説でもSFでも、本を読むことで読解力が養われます。医師として論文を読むときも、書かれていることを論理的に自分の頭の中で再構築しながら読まなければならないためです。

まず、言葉を多く知ることが大切です。医学に関わる人も例外ではありません。言葉をたくさん知っていれば、目の前の患者さんに寄り添った言葉を選ぶことができます。そのためには、本を読んでボキャブラリーを養うことが非常に重要です。

――最後に、医学生や若手医師に向けてメッセージをお願いします。

:日本の医学教育の改革と発展に尽力された阿部正和先生の書の中に「医は、学と術と道」という言葉があります。これは、医師は学問としての「医学」、技術としての「医術」、そして医師の心得としての「医道」を究めなければならないという意味なのですが、これらを達成するためには、自分や家族の生きる糧を稼ぐ必要があります。そこで重要なのが、「なりわい」としての「医業」です。その「医業」を正当に行っていくために、あらゆる医師をサポートするのが医師会だということを皆さんには理解してほしいですし、自分はその仕事の一端を担う責任を感じています。

宮川 政昭
日本医師会常任理事

※取材:2021年5月
※取材対象者の所属は取材時のものです。