家族と共にスウェーデンで医師として生きる
~泌尿器科医 宮川 絢子先生~(前編)

今回は、スウェーデンおよび日本の両国で最初の女性泌尿器科ロボット外科医として活躍されながら、双子のお子さんを子育て中の宮川先生に、これまでの歩みや大切にしていること、スウェーデンで暮らすなかで感じたことや現在の新型コロナウイルス感染症の感染状況についてお話を伺いました。

スウェーデンに移住して

島﨑(以下、島):宮川先生と私は出身大学が同じで、ご活躍については国内外で伺っています。まずは、スウェーデンでお仕事されるようになったきっかけをお聞かせください。

宮川(以下、宮):きっかけは、博士号取得後のポスドク時代にスウェーデンに留学したことです。留学中に、当時同僚だったスウェーデン人研究者と結婚し、彼が脊椎損傷者で車椅子生活を送っていたこともあり、2007年にスウェーデンに移住しました。

:海外で医師免許を取得するためには、いくつものハードルがありますよね。

:まず、高校卒業レベルのスウェーデン語の国家試験に合格しなければなりません。私は日本の専門医資格を持っていたため、当時の制度により、その後、現場で6か月間働くことで医師資格を取得することができました。

:二人のお子さんがいらっしゃいますが、スウェーデンでの妊娠・出産はいかがでしたか?

:47歳で出産するまで、20回近くの体外受精を行いました。不妊治療の技術は日本のほうが優れていることから、日本とスウェーデンを行き来しながらの治療でした。妊娠中も仕事を続け、31週目に帝王切開で、元気な男女の双子を出産しました。

スウェーデンでは母乳育児が強く推奨される風潮がありますが、私は母乳があまり出ず、双子たちの吸う力も弱かったため、授乳がうまくいかないことにプレッシャーを感じてしまうこともありました。結局、ミルクに切り替えることを決断し、産後3か月で職場復帰しました。これは長期の育児休業を取ることが一般的なスウェーデンでは、珍しいことかもしれません。

とはいえ、幼い子どもにとって、一緒に過ごす時間は親からのプレゼントだと思っているので、なるべく長い時間一緒にいることを大切にしています。

インタビュアーの島﨑先生。

子育てとキャリア

:スウェーデンは育児と並行してキャリアを積むための社会制度が整備されている国と聞きますが、いかがでしょうか?

:小さな子どもがいる家庭で最も大変なのは子どもが病気になったときだと思いますが、スウェーデンでは家庭が最優先という認識があるため、男性と女性が同じくらい看護休暇を取ります。むしろ男性が育児参加しないほうが非難される社会で、母親だけが多くを背負うことがないのはありがたいです。

また、医師であっても、勤務時間が週40時間と定められており、夏は4~5週間休むことができます。日本の外科系では、術者の変更や手術の延期は非常に難しいと思いますが、スウェーデンでは簡単に変更できるので、そこも恵まれていますね。私自身も妊娠中の緊急入院や突然の破水などがありましたが、柔軟に対応してもらえました。

:キャリアを積むうえで、ご苦労などはありましたか?

:今の病院に来てすぐの頃、泌尿器科医の多くが男性で、男尊女卑の風潮が蔓延していました。特殊外科は男性優位で、スウェーデンの中でも特異な環境だったのです。外科は手術の件数が重要視され、大きな手術は医師が取り合います。最も大きな手術である膀胱全摘出は、男性医師ならばすぐに執刀させてもらえるにもかかわらず、私は当初全く蚊帳の外でした。泌尿器科全体の手術を統括する教授に、「助手を50例務めたら執刀していい」と言われたのですが、5年間で300例の手術で助手を務め、ようやく担当させてもらえたのが膀胱全摘よりも簡単な前立腺の手術でした。泣きながら抗議をしたこともありました。

転機となったのは新病院ができ、泌尿器科が婦人科などと統合されて骨盤内外科となり、直属のボスが腫瘍科の女性に変わったことです。やっと膀胱全摘と尿路変向の手術を担当することになりました。しかし、新しいボスと前の男性ボスとの間で対立が起き、1例目から指導者なしという事態になりました。結果的に成功しましたが、普通ではあり得ないことでした。以後、これまで500例ほどの前立腺全摘術、また、年間約40例の膀胱全摘術のロボット支援手術を執刀しています。

:スウェーデンでの暮らしに慣れたことで、ご自身の中での変化はありましたか?

:長期休暇には慣れましたが、日本にいた頃と同様、患者さんの容態が悪いと勤務時間外でもなかなか帰る気持ちになれず、周囲の医師よりオンとオフの線引きを明確にできずにいます。こちらの医師が不真面目という意味ではないですが、患者さんへの細やかな対応は日本人医師としての長所だと思っています。