医学生には何ができるか(前編)

interview

日々の診療のなかでジェネラルに学び、災害対応の引き出しを広げてほしい
中山 伸一先生

――医学生や若手医師に、「災害医療についてこれだけは知っておいてほしい」と思うことは何でしょうか?

中山(以下、中):日本は災害が大変多い国です。医学生を含むすべての医療人は、「災害は必ず起こる」という前提のもと、「身近で災害が起こったときにどう行動するか」という基本的な理念や行動原則を持っておく必要があります。その基礎となるのは、やはりCSCATTTだと言えるでしょう。また、被災地にはDMATなど様々なチームが投入されること、そうしたチームが適材適所に支援活動を行うには、各医療機関がEMISに状況を入力し発信することが非常に重要だということも知っておいてほしい。もし当直中に災害が起きたら、まずは院内を巡視して安全確認を行い、病院管理者と相談しながらEMISで状況を発信し、3Tを実施するというイメージを持っておいてください。

ただ、災害は一つひとつ状況や性質が異なるため、毎回応用問題を解くことになるのが災害対応の難しいところです。だからといって何も準備をせず臨んでいいわけではありません。過去の災害から学び、災害対応の基本を十分に把握したうえで応用に臨む不断の努力。その心がけが、いざというときに適切な行動をとり、悔いを残さないことにつながるはずです。

――日々の勉強や診療に追われるなか、どうやって災害医療について学んだり、訓練を積んだりすればいいかわからないという医学生も多いのではないかと思います。

:「災害対応」というと特殊な訓練を積まなければならないように感じるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。訓練の場は日々の診療のなかにもたくさんあります。救急外来では、自分の専門分野を問わず応急処置をして、専門医や専門機関につなぐということをしています。災害時の医療も基本的には同じこと。ただ、患者数が著しく増加するため、専門分野を問わず、すべての医師にこうしたジェネラルな対応が求められることになります。臨床研修で救急科を回る際や多忙な当直の機会などは、重要な災害訓練の場であるとも言えるのです。

――自分の専門性を極めるだけでなく、ジェネラリストとしての能力を日々培っておくことが重要なのですね。

:はい。そして、医学部での6年間は、多くのことをジェネラルに学ぶ唯一の機会だと言えます。国家試験が終わったら「自分の専門には必要ない」とジェネラルな知識をどんどん切り捨ててしまう人もいますが、それではあまりにももったいない。災害医療と救急医療の観点からも、広い視野とジェネラルな知識を少しでも保ち続けるよう努力してほしいですね。

――災害医学や災害医療についてより深く学びたいと思った場合、どうすれば良いのでしょうか?

:いろいろな災害に対応できるよう、幅広い知識と大局的な視点を養い、自分の引き出しをできるだけ多く持つことを心がけてほしいと思います。その引き出しを増やす方法の一つとして、日本災害医学会の年一回の学術大会に出席することをお勧めします。学会といっても、医学や医療の専門知識のない人が聞いても十分にわかる内容ですから、気軽に参加してみれば良いと思います。また、日本災害医学会には学生部会(DMAS)もあり、各地区に支部が置かれています。ぜひ参加して、災害対応の知見を深めてほしいと願っています。

――もし自分の住んでいる地域で災害が起きたら、医学生には何かできることはあるのでしょうか?

:災害時にはとにかくマンパワーが必要となります。まずは自分と家族の安全を確保・確認することが第一ですが、そのうえでもし可能なら、医学生の皆さんも大学病院や実習病院などに出向き、手助けを申し出てもらえたら嬉しいです。「医療行為ができないから、かえって迷惑になるのでは」とためらってしまうかもしれませんが、応急処置のほか、片付けや患者さんの受付など、やってほしい仕事はいくらでもあります。27年前の阪神・淡路大震災の時も積極的な医学部生が救急外来に来てくれ、とても助かりました。場合によっては、発災後すぐに駆けつけられず数日遅れて到着したとしても、気後れする必要はありません。災害対応は長丁場になるため、必ず人員の交代が必要になるからです。私が3日目に倒れてしまったことがそれを物語っています。

また、所属の大学から遠い場所にいる場合は、無理して向かう必要はありません。近くにある病院が混乱している様子であれば、そこに飛び込んでいくのも一案です。特に災害時に人的リソースの配分も含め重要な役割を果たすのは、災害拠点病院です。自分のいる場所の近くの災害拠点病院を探して訪ねてみると良いと思います。

中山 伸一先生
兵庫県災害医療センター
センター長

 

 

 

 

※取材:2022年1月
※取材対象者の所属は取材時のものです。

 

医学生には何ができるか(後編)

interview

日本DMASと各支部の活動
柏木 杏奈

――柏木さんは、日本災害医学会学生部会(日本DMAS)の代表を務めていらっしゃいます。まず、日本DMASの概要について教えてください。

柏木(以下、柏):日本DMASは、東日本大震災以降、学生間にさらに高まる災害医療への関心を背景に、日本災害医学会の協力のもと、平成25年に発足した学生部会です。災害医療に関する教養や専門知識を涵養する機会を設けること、災害時に有為な人材及び組織を育成するといった目的のもとに活動しています。

現在は北海道・東北・関東・東海・関西・中国・四国・九州の八つの支部があり、医療系・非医療系を問わず災害医療に関心を持つ様々な学生が、合計で約440名所属しています。また、支部とは別に、有志により設立された「災害時対応チーム」もあります。これは、災害時にDMASスタッフが現地支援活動に行くためのロジスティクスを行うチームです。

日本DMASとしての活動は、各支部の代表と庶務1名ずつから構成される幹事会が運営しています。DMASとして活動したい場合は、基本的には支部に所属することになります。

――日本DMASと各支部や災害時対応チーム、それぞれの活動内容について教えてください。

:各支部は、勉強会やセミナーの開催など災害医療への理解を深める活動や、災害時の現地活動、災害時後方支援をはじめとする災害支援活動を行っています。各地域で起こり得る災害の種類などが異なるため、地域の特色に応じた各支部オリジナルの活動をしています。

日本DMASは、各支部の活動とは別に、講演会や学生フォーラム、夏合宿など、支部を問わず参加できるような大規模イベントを主催しています。

災害時対応チームは、平時には災害時のマニュアル作成や災害シミュレーション教育、チーム独自の全国企画の運営や内部勉強会などを行っています。

――災害時には被災地への支援活動を行うとのことですが、具体的にどのように活動するのですか?

:最初に動くのは災害時対応チームです。発災時に情報収集を行い、マニュアルに従って組織体制の確立や人員の確保、先生方への連絡調整など、ロジスティクスに関するすべての活動を一括で管理します。DMASのメンバーは、この災害時対応チームの指揮のもと、現地に赴いて支援活動をする人とDMAT事務局に出向いて後方支援に携わる人に分かれて活動します。現地活動の内容は、クロノロジー*の作成や電話対応、被災情報を収集し、まとめるといったものです。現在はコロナ禍なので、なかなか現地支援ができないのですが、2021年9月には神奈川県の「かながわ緊急酸素投与センター」に出向いてコロナ対応の支援をさせていただく機会を頂きました。

医学生が災害医療を学ぶ意義

――柏木さんがDMASに入った経緯についてお聞かせください。

:災害医療に本気で取り組もうと思ったきっかけは、大学1年生の時に起きた平成30年7月豪雨です。この災害では西日本を中心に大きな被害が発生し、慣れ親しんだ地元の広島が一瞬で様変わりしたことに強い衝撃を受けました。また、離れた土地でテレビの画面越しに被災の様子を見ているしかできないことに強い無力感を覚えました。この災害をきっかけに、自分も何か人の役に立ちたい、将来は災害医療に携わりたいと強く思うようになりました。ちょうどその頃にDMASの九州支部が立ち上がったこともあり、入会することにしました。

――DMASの活動の魅力や、活動を通じて得た経験についてお聞かせください。

:私が感じているDMASの活動の魅力は大きく四つあります。一つ目は、災害医療に関しての知見を深めることができ、災害医療を学びたいという熱い志を持った全国の仲間とともに活動できるという点です。

二つ目は、DMASに入会していることで、DMATの訓練や研修に参加する機会が得られることです。学生の立場でDMATの活動に関わり、ロジスティクスのトレーニングができたり、災害医療の学びを深めたりする機会は、DMASに所属していなければまず得られない大変貴重なものです。

三つ目は、災害時に現地で支援活動ができることです。学生時代に実際に現場に入って状況を肌で感じる機会は非常に貴重であり、その経験は将来災害医療の分野に進んだときに大いに活きると思います。

四つ目は、日本災害医学会の唯一の学生組織として、平時から災害医療に造詣の深い先生方との交流を持てることです。学生部会は、OB・OGの先生方やDMATの事務局の先生方、各地での災害医療の第一線でご活躍されている先生方と非常に緊密なつながりを持っています。こうしたコネクションを持つことは、災害医療分野でのキャリアを考えたときの将来の強みになるはずです。私個人としても、災害医療分野のレジェンドと言われているような先生と出会い、活動に協力していただけた時は、「DMASとして活動していて良かった」と心から思う瞬間の一つです。

――最後に医学生へのメッセージをお願いします。

:日本は、諸外国と比較しても自然災害が多い国と言われており、将来必ず大地震などの大規模災害が起こると予想されています。私たち医学生の多くは、将来は災害拠点病院といった大規模病院に勤めることになると思います。将来、医師としてキャリアを歩むなかで必ず災害は起き、受援者者または支援者になる日が訪れることでしょう。刻一刻と状況が変化する災害時においては、どのように行動すべきか、自身で考えて即座に行動する必要がありますが、その判断は災害医療に関しての知識を有していなければ非常に難しいことです。だからこそ、平時からのトレーニングが重要となるのです。

現在は、新型コロナウィルス感染症が拡大していますが、コロナ禍も医療の需給のアンバランスが生じるという点では、災害だと言えるでしょう。コロナ対応の支援のためにDMATが派遣されるなど、災害医療の需要はますます高まっています。

医学生は看護学生と比べて、災害医療に関する授業のコマ数が少なく、災害医療を学ぶ機会が少ないのが現状です。私は今後、日本の災害医学教育を変えていく必要があると考えています。私たちDMASは、平時には災害医療の知識を養い、災害時には被災地をはじめ様々な場所で支援を行うことで、より良い災害対応を実現し、少しでも被災地・被災者の力となれるよう努めています。

「災害医療」は何も特別なことではありません。DMASは、所属する学生自身の学びを深めることはもちろん、少しでも多くの医学生が災害医療に興味を持ち、知見を深めることができるように、様々なイベントを企画し、学びの機会を提供しています。一人でも多くの医学生の方が災害医療に興味を持ち、理解を深めていただけたら幸いです。各種SNSも用意していますので、興味のある方はSNSを通じてイベントに参加してください。皆さんと一緒に活動できることを楽しみにしています。

 

柏木 杏奈
日本災害医学会学生部会 代表
長崎大学医学部医学科4年

 

 

 

 

* クロノロジー…災害対応の現場で、集まってくる様々な情報を時刻・発信元・受信元と共に時系列でホワイトボードなどに書き出し、整理・共有していく手法のこと。

※取材:2022年2月
※取材対象者の所属は取材時のものです。