東日本大震災(前編)

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地震の概要と特徴

2011年3月11日14時46分に発生。
宮城県牡鹿半島東南東130km付近、深さ24kmを震源とする、マグニチュード9.0の地震。
日本国内観測史上最大規模、1900年以降では世界でも4番目の規模。
岩手県・宮城県・福島県を中心とした太平洋沿岸部を巨大津波が襲った。
(福島県相馬市で9.3m以上、岩手県宮古市で8.5m以上、大船渡市で8.0m以上、宮城県石巻市鮎川で7.6m以上)
東京電力福島第一原子力発電所(福島県双葉郡大熊町・双葉町)で事故。
1・2・3号機で炉心溶融、1・3・4号機で水素爆発が発生。

被害の規模

被害の規模死者15,900名、
行方不明者2,523名(令和4年2月末時点)
負傷者6,167名(令和3年3月時点)

【死者内訳】
 ・ほとんどが津波による溺死
 ・震災による直接の死亡者数の
  ほか、災害関連死が3,784名
  (令和3年9月時点)

【住家の被害】
 ・全壊家屋:約12万2,000棟
 ・半壊家屋:約28万3,000棟

【ライフラインへの影響
(いずれもピーク時)】
 ・上水道:断水約220万戸
 ・ガス:都市ガス供給停止
  約46万戸
 ・停電
  東北電力管内:約450万戸(青森県・岩手県・秋田県・宮城県のほぼ全域)
  東京電力管内:約405万戸(計画停電を除く)
 ・通信:固定電話で80~90%、携帯電話の音声通話で70~95%の通信規制を実施

【全国の避難者数】
  ・ピーク時の避難者数:約47万人
  ・現在の避難者数:約3.7万人(令和4年3月時点)

 

出典:平成24年版警察白書
※データは被災3県で検視等を行った遺体に関するもの

 

想定外の医療ニーズの急増

東日本大震災での死亡者の死因は、9割以上が津波による溺水でした。被災地の医療機関は大量の傷病者の発生に備えてトリアージエリアの設置などを行ったものの、発災当初の患者数は予想より少なく、また低体温症や津波肺など外傷以外の外因性疾患が多くを占めました。死者・行方不明者に対する負傷者の割合が6.8倍に上った阪神・淡路大震災と比べ、東日本大震災は0.3倍程度と、"all or nothing"(無傷か死か)とされる津波災害の特徴が顕著に現れたのです*1。

医療ニーズが急増したのは発災後3日目以降、避難所で低体温症や慢性疾患の増悪、感染症の患者が発生し、また多くの医療機関の備蓄が底をつきはじめた頃でした*2。また、福島第一原子力発電所事故により、原発から30キロ圏内の入院患者の移送という新たなニーズも生じました。

新たな「防ぎえた災害死」

当時の災害医療体制は、災害の急性期DMAT等が外傷を中心とした救命医療を行い、その後、一般の医療救護班に引き継ぐという前提で計画されていました。そのため東日本大震災では、DMATは活動が長引くことによる物資の枯渇や、医療ニーズを適切に把握することができないといった問題に直面しました。また、日本医師会災害医療チーム(JMAT)をはじめ、国立病院機構や日本赤十字社などの多数の医療チームがDMATの活動を引き継いで活動したものの、被災地域が非常に広範であったことや被災地へのアクセスが困難だったこと、情報不足などから、地域によっては医療チームが行きわたらず、2週間程度の医療の空白が生じました。このような状況や過酷な避難生活などから、東日本大震災では災害による直接死以外に3000を超える災害関連死が発生してしまいました。災害急性期の医療機関での「防ぎえた災害死」は140例程度*3と推計される一方、慢性期における新たな「防ぎえた災害死」という課題が浮き彫りになったのです。

こうした東日本大震災の反省から、後述コラム『東日本大震災を経て創設された制度等』のような様々な新たな対策が講じられ、現在に至っています。

 

写真提供:(一財)消防防災科学センター「災害写真データベース」

 

*1 小井土雄一・石井美恵子編(2017)『多職種連携で支える災害医療――身につけるべき知識・スキル・対応力』医学書院, p.3

*2 小井土雄一・近藤久禎・市原正行・小早川義貴・辺見弘(2011)「東日本大震災におけるDMAT活動と今後の研究の方向性」『保健医療科学』Vol.60, No.6, p.497

*3 小井土雄一(研究代表者)(2015)「東日本大震災の課題からみた今後の災害医療体制のあり方に関する研究平成26年度総括研究報告書:平成26年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)」, p.21

 

 

東日本大震災(後編)

column 
災害弱者への配慮

災害が発生すると、特に「災害弱者」が大きな被害や影響を受ける言われています。災害弱者とは、災害時の避難や情報の把握、避難所生活や生活再建の際などに困難を抱えることが多い人たちのことで、“WATCHPPP* ”とも呼ばれます。実際に、阪神・淡路大震災では、高齢者、低所得者、外国人などが多く犠牲になったと言われています。障がい者やその家族にとって避難所が使いにくいことなどから、倒壊の危険のある自宅へ戻ってしまうケースもありました。東日本大震災では、直接死では高齢者や10歳未満の小児の死亡数が多くなる傾向があり、また災害関連死の死者数のうち9割近くを66歳以上の高齢者が占めていました。

災害対策基本法では、災害弱者にあたる人たちのことを「要配慮者」とし、そのうち特に災害発生時の避難等に困難を抱える「避難行動要支援者」の名簿の作成と個別の避難計画の策定を各自治体に義務付けています。また、避難所の環境の悪化が災害関連死を招くことから、要配慮者やその家族が避難できる福祉避難所の設置や、避難所の生活環境改善のための取り組みが行われています。例えば東日本大震災で初めて開発・導入された段ボール製の簡易ベッドは、周囲の足音による不眠やそれに伴う高血圧の改善、床の粉塵の吸入を防ぐことによる咳や肺炎の減少、深部静脈血栓症の減少などの効果が期待されています。

 

* Women(女性)・Aged people(高齢者)・Travelers(旅行者)・Children(子ども)・Handicapped people(障がい者)・Pregnant women(妊婦)・Patients(患者)・Poor people(貧困者)の頭文字。

 

写真提供:熊本災害デジタルアーカイブ/提供者:新潟県燕市

 

 

 

column 東日本大震災を経て創設された制度等

1. DMAT活動の見直し

より幅広い疾患に対応したり、活動が長期間に及ぶ場合は二次隊・三次隊を派遣したりできるよう、活動要領や研修内容の見直しが行われた。広範な地域で活動を行うための指揮調整機能の強化も行われ、それに伴い増大するDMAT都道府県調整本部・DMAT活動拠点本部業務のサポートのほか、病院支援、情報収集・管理、活動に必要な物資の管理や調達といった事務作業を専属で行うロジスティックチームが創設された。

2.様々な医療ニーズに応えるチームの創設・拡充

DMATから活動を引き継ぎ、災害急性期以降の支援を続けるために、JMATや国立病院機構、国立大学病院、日本赤十字社その他の医療チームの整備や、各チームとDMATの連携強化などが行われた。また、被災した精神科病院からの患者の搬送や、災害急性期から慢性期の精神医療のニーズなどに対応する災害派遣精神医療チーム(DPAT)、被災地の公衆衛生ニーズに応える災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)なども創設された。

3.保健医療調整本部と災害医療コーディネーター制度

被災地に参集した非常に多くの医療チームの連携や統制が課題となった。そこで、保健医療活動チームの派遣調整や情報の整理・分析など、保健医療活動の総合調整を行う「保健医療調整本部」を都道府県災害対策本部の下に設置することとなった。また、保健医療調整本部や、必要に応じて保健所や市町村に配置され、保健医療活動に関する助言や調整の支援を行う「災害医療コーディネーター」の指名や養成も制度化された。

4.EMISの充実

各都道府県はEMISの導入に努め、全病院に対してEMISへの登録を促すこととされた。また、各医療機関ではEMISへ情報を入力する複数の担当者を定め、入力内容や操作などの研修・訓練を定期的に行うことが求められた。さらに災害拠点病院の要件として、通信回線が途絶えた際のEMISへの入力も考慮して、衛星回線インターネットが利用できる環境の整備をすることなどが追加された。

5. 災害拠点病院の整備

従来の災害拠点病院の要件を見直し、全施設の耐震化、衛星回線インターネットの利用環境整備、通常時の6割程度の発電容量を備えた自家発電機の保有と燃料の備蓄、水の確保手段の保有(受水槽、井戸設備、優先的な給水協定の締結等)、食糧・飲料水・医薬品等の3日分程度の備蓄や地域の業者との優先供給協定の締結、DMATの保有や受け入れ体制整備、救命救急センターまたは二次救急医療機関であることなどの要件が追加された。

6. 病院災害対策マニュアルの作成

個々の医療機関は、従来求められていた災害対策マニュアルだけでなく、災害時に通常の医療が行えなくなった場合に備えて業務継続計画(Business Continuity Plan:BCP)の作成に努め、都道府県はその策定状況について確認を行うこととされた。2017年にはBCPの策定が災害拠点病院の要件に追加され、災害拠点病院は地震のみならず台風や水害等の複数のリスクに応じたBCPをそれぞれ策定し、地域を巻き込んだ訓練を行うこととされた。