FACE to FACE 東北医科薬科大学 一期生対談

海賀 俊征 × 町田 芳知

各方面で活躍する医学生の素顔を、同じ医学生が描き出すこの企画。
今回は対談形式でお送りします。

 

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海賀(以下、海):僕たちは東北医科薬科大学に1期生で入学し、クラス委員として6年間、1期生と大学の橋渡し役を担いました。自分より16歳下で現役入学の町田くんは若々しく勢いがあり、様々な刺激を受けました。

町田(以下、町):1期生は年齢も出身地もバラバラで、世間知らずな僕がまとめられるか最初は不安でした。海賀さんのような社会人経験のある方と一緒で本当に良かったと感じています。今回は大学生活を振り返り、僕らの経験を後輩たちにも役立ててもらえればと思います。

:ではまず、入学を決めた理由から話しましょうか。僕は元々、他の医療系の資格を持っていたのですが、医師になるという目標を抱いて再受験に挑みました。東北医科薬科大学を選んだのは、1期生として新しく歴史を築くことのできる環境に魅力を感じたからです。

:僕も新設の医学部の1期生というところに惹かれました。また、東日本大震災後の東北の現状を知りたかったので、地域医療への貢献を使命としている点にも関心を持ちました。

:入学してからは、すべてに前例がないことが大変でしたね。教室の設備が整っていない部分もありましたし、試験対策も先輩に助けてもらうことができませんでした。解剖実習を行うキャンパスがまだ完成していなかったため、売店や食堂などがなく、食事に困ったこともありましたね。その時は先生にお願いして、とりあえず電子レンジやポットを置いてもらいました。

このように予想外なことも色々ありましたが、授業後のアンケートなどで学生側の要望が採用されることも多く、自分たちの意見がダイレクトに反映されて医学部がだんだん完成していく実感が得られたことは嬉しかったです。事務の方にご迷惑をおかけすることもありましたが、後輩から学生生活を送りやすいという声を聴くと、意見を伝えた甲斐があったと感じます。

:先生方は授業でも様々な工夫をしてくださいましたよね。学生が主体的に参加する形の授業を計画したり、テストに備えて着目すべき点を強調して教えたりしてくださったので、学習しやすかったです。

また学生同士も、「1期生全員で頑張って卒業しよう」という気持ちがあり、横のつながりが強かったですね。コロナ禍前は1期生全員で飲み会を重ねたり、先生方を含めて同じ出身県同士で集まる飲み会をしたりと、特に様々な交流ができました。

:コロナ禍で行った病院実習も、先生方や同級生と情報共有しながら乗り越えましたね。1期生全員が先生方から顔と名前を覚えてもらえていたことは、とても嬉しかったです。

僕は宮城県の修学資金枠で入学したので、臨床研修後の3年目からは再び宮城県に戻り、義務年限を果たします。自分の姿が後輩のロールモデルになることを願いつつ、最終的には再び大学に戻ることができればいいなと思っています。近い目標としては、1期生同士の関係性を保ったまま、後輩とのつながりも強くするため、大学と協働して卒業生のコミュニティサイトを作成したいと考えています。

:一般枠で入学した僕は卒業後東北を離れ、いずれ実家の病院を継ぐと思います。今後同じように東北を離れる卒業生を支える立場になれたらと思います。

:新設の大学と聞くと不安を抱く受験生もいるかもしれませんが、歴史に自分の足跡を残すことができる点は大きな魅力だと思います。今後もさらに志望者が増えてほしいです。

海賀 俊征(東北医科薬科大学6年)
栃木県出身。県立宇都宮東高校卒。国立大学医学部保健学科を卒業し、大学院修了後医師を目指すため、予備校講師として働きながら医学部を再受験した。社会人経験を活かし、「若者を導ける立場になれれば」とクラス委員を6年間務める。将来は、東北医科薬科の卒業生としてのロールモデルになることが目標。
(2022年7月現在、盛岡市立病院で臨床研修中)

町田 芳知(東北医科薬科大学6年)
東京都出身。開成高校卒。学生時代は医学部卓球部の創部に携わり、主将として東医体初出場を果たした。将来は患者さんの思いを大切にする産婦人科医を目指す。
(2022年7月現在、国立病院機構埼玉病院で臨床研修中)

 

 

※取材:2022年2月
※取材対象者の所属は取材時のものです。