医師のみなさまへ

2025年2月20日

第8回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
中高生の部【優秀賞】

「「おかえりなさい」」

西谷 柚那(17歳)兵庫県

「Oさんの心に残る温かい介護を提供する」。これが私の最後の実習の目標だった。

 3年生最後の実習は、特別養護老人ホームでの21日間の実習だった。その実習では一人の担当利用者を受け持ち、その方のアセスメントを行った。私が受け持った利用者の方は「Oさん」という方だった。Oさんは、着つけの先生をされていた女性である。Oさんは、認知症を患っており、記憶障害がみられた。私がOさんと初めて会った際の第一印象は「笑顔が少ない方」だった。Oさんとコミュニケーションをとっていても笑顔が見られなかった。しかし、Oさんの家族の話をするとイキイキと笑顔で話されており、とても家族を愛されているのだと感じた。

 私はOさんとOさんの家族へ送る絵ハガキをつくることにした。Oさんに「家族に絵ハガキを出しませんか。」と聞くと、「私にできるかしら。」と少し照れながら微笑みかけてくださった。絵ハガキをつくっている際、家族についてや着つけの先生をしていた話など、日々たくさんのOさん自身の話を私にしてくださることが増えていった。絵ハガキの他にもOさんと散歩に行き、コミュニケーションを取っていき、だんだんと信頼関係が築けたと感じた。

 しかし、Oさんは認知症を患っており記憶障害が顕著にみられ、絵ハガキや散歩をしたことなど次の日に忘れていた。時には、Oさんの服用している薬の副作用により絵ハガキをつくることを強い口調で拒否されることもあった。いつもは穏やかなOさんから、強い口調で拒否され「辛い」と感じることも多くあった。だんだんと拒否も増え、実施もできない日が続き、私自身もOさんとの関わりを避けたいと感じてしまった。

 そんな時、職員の方から「久しぶりに散歩に行ってみたら。」とアドバイスをもらった。Oさんの拒否が続いてから1週間程散歩には行っていなかった。私がOさんに「気分転換に散歩に行きませんか。」と言葉がけを行うと「行ってみましょうか。」と同意が得られ一緒に散歩に行った。私がOさんの車いすを押しているとOさんはおもむろに私の方を向き、口を開いた。「ここ前にもあなたと来ましたよね。」と話し、「あんな話をしましたよね。」と前に散歩に行った際のことを思い出しながらOさんがうれしそうに話されていた。そしてOさんと散歩から帰ると「またあなたと行けてよかった。また絵ハガキも散歩もしましょうね。」と笑っていた。認知症が進み、記憶が曖昧あいまいになっている中で私と絵ハガキをつくったこと、散歩に一緒に行ったことをしっかりと覚えていてくださっていたことがとても嬉しく、「辛い」という思いも無くなった。その日からOさんに四つの変化が見られた。一つは「笑顔」。二つ目は「言葉数が増えた」。三つ目は「できることが増えた」。最後は「私との思い出を鮮明に覚えている」。

 私はこの21日間で「Oさんの心に残る温かい介護を提供する」ことが目標だった。Oさんから拒否された時、心が折れそうになったことも多くあったが、最後までOさんに寄り添ってきたことで、Oさんの記憶に残る介護ができたと思う。

 実習が終わり2カ月後。Oさんと会う機会があった。Oさんは私を見るなり「おかえりなさい。」と微笑んだ。そしてOさんは「私があなたの成人式の着つけをするから、まだまだ長生きしなきゃ。」と笑っていた。

 私はOさんの生きがいになれるような実習生になれたこと、Oさんを受け持たせていただき、21日間一緒に過ごすことができたこと、とても幸せに思う。

 Oさんはよく「あなたに介護してもらえて私は幸せ者。」と介助が終わると話していたが、私の方こそOさんと出会えたことが一番の幸せだった。私の今の生きがいは、「成人式でOさんとまた再会し『おかえりなさい。』と言ってもらうこと」である。

第8回 受賞作品

受賞作品一覧

生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー