医師のみなさまへ

2025年2月20日

第8回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
小学生高学年の部(4~6年生)【優秀賞】

「小児がんサバイバーの弟と僕」

廣末 眞士(11歳)フランクフルト(ドイツ)

「大丈夫かな?」

 僕は遠くで上がる水しぶきをちらりと見た。

 僕が通う日本人学校にはプールがない。今年は近くの市民プールに1年生と5年生が一緒に行った。1年生には弟がいる。浅いプールでわいわい声を上げながら、1年生は水中に沈んだ輪っかを取っている。その中に弟の姿があった。弟は友達と輪っかを見せ合って笑っている。無事なようだ。僕はいつもと変わらないひょうきんな弟を見て安心した。

 弟は、0歳でがんサバイバーになった。悪性腫瘍しゅようが見つかり、F大学病院で右の腎臓を全摘出したのだ。弟との生活は「当たり前」とは違うことを受け入れ続けることだ。弟は生まれてすぐに集中治療室に連れて行かれ、父も母も弟にかかりっきりになった。年少の僕は幼稚園を休み、病院の隅で本を読んで過ごした。僕が弟を初めて見たのは、しばらく経った手術の前々日。分厚い窓越しに見た弟は、コードをたくさんつけ、見たことのない機械に囲まれていた。もしかしたらこれが最初で最後かもしれなかった。手術は無事成功。僕はうれしくて弟が退院するまでぬいぐるみでオムツを替える練習をした。ところが、いざ弟を前にすると、胸の下から横腹にかけて20センチメートルもある手術痕が怖くて身がすくむ。僕は、弟に「当たり前」の抱っこやオムツ替えをできなかった。

 年少から通えるはずだった僕と同じ幼稚園にも、弟は年中からしか通えなかった。それは、主治医の先生から、新型コロナウイルス感染症に感染すると重とくになるリスクが高いので登園を控えるよう言われたからだった。学校と同じ敷地内に幼稚園があるので、友達から、
「あれ? まこちゃんの弟、幼稚園は?」
と聞かれる。僕は、それが嫌でたまらなかった。手術をしても、5歳までに再発して死んでしまうかもしれなかったからだ。2年生の僕にはそんなこと、説明できない。友達の何気ない「当たり前」の質問に、僕は傷ついた。

 弟は、主治医の先生やリハビリの先生に支えられ、2年間リハビリをした。ハイハイしたり、歩いたり、右手で鉛筆を持てるようになったり、可能性は広がっていった。でも、今も階段を下りることや逆上がりは苦手だ。僕は、弟が失った「当たり前」にはっとする。

 見た目には分かりにくくても、失った臓器があると周りと同じ「当たり前」の生活をすることは、容易ではない。明るい性格で元気に見えるが、弟はすぐに疲れ、熱を出しやすい。トイレにもよく行く。「手術痕を見られたくない」と体育の着替えに悩む。周りの人が気付きにくい所で、困難を抱えている。

 だからこそ、弟が初めてのプールで他の子と「当たり前」に遊ぶ姿がまぶしかった。僕はこれからも、弟が「当たり前」の生活を「当たり前」に送れるよう、見守っていきたい。

第8回 受賞作品

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